ファンタジー、異世界、剣と魔法、転生。このようなワードを聞くと、すぐに「ああ、ラノベ作品のことだな」と思ってしまう人は多いだろう。
作家の鈴木輝一郎氏も、Twitter上でこんなことを呟いていた。
ラノベ志望の受講生の原稿がことごとく「異世界モノ」で、現在当惑中。
好きで書いてるのは伝わるし、たいてい形も出来てるんだが、何もわざわざこんな競争の激しい素材を選ばなくても、とは思う。
確かに大手WEB小説サイト「小説家になろう」を覗いてみても、上位ランキングはそのほとんどが異世界かファンタジー作品だ。
10位までの作品で、タイトルに「異世界」と入っているのはなんと5作品。ちなみにジャンル自体が異世界・ファンタジーと言えるのは、10作品すべてだ。
驚くほど圧倒的な異世界ファンタジー率。
ここまで異世界やファンタジー作品が流行るのには、どういう背景があるのか。今回は一人の物書きとしての視点も交えつつ、以下の3つの理由について考えた。
1.設定や世界観を自分で考えられる
2.流行の作品に似たものなら売れる「亜流」思考
3.初めから1冊の本として出版、評価される
1.設定や世界観を自分で考えられる
通常、小説を執筆するには膨大な知識と資料が必要だ。
ラノベで言えば『Missing』の甲田学人は、民俗学に詳しく、『キノの旅』の時雨沢恵一は銃火器に関して並々ならぬ造詣を誇る。
こういった作品はひときわ違う輝きを放っているため人気になることが多いが、その分知識が必要になるため、執筆自体もかなり難しい。
裏を返すと、現実に存在しない世界の設定を自分で作ってしまえば、自分の都合で話を進められるために執筆が捗るようになる。
結果、そういった作品が多く生まれるようになっていく。
これがファンタジー・異世界作品の増加、特にアマチュア界隈でいつまでも減らない理由のひとつではないだろうか。
WEB作品がメディア化されるようになった現代では、特にこの兆しが顕著だ。
WEBなら設定が噛み合わなくてもご都合主義で済ませてしまえば良くて、出版するときに初めの方もまとめて修正してしまえば問題はない。
出版側からすれば「自分で世界観を作る→独自性が強い」と捉えることが多いので、評価が上がっても下がることはほとんどない。
つまり、損をする人がほとんどいないのだ。完璧な計画。
強いて言うならば、作品の母数が多くなる分、どれだけ地力があっても異世界・ファンタジーで売れなければ埋もれてしまうという点。
だが結果として、「ニッチなジャンルを書くくらいなら異世界ファンタジーを書いたほうが目につきやすく、売れやすい」という風潮は確かに存在している。
そういう系統の作品が売れたばかりに、と書くと悪意があるようにとられるかもしれないが、事実なのだ。
2.流行の作品に似たものなら売れる「亜流」思考
ライトノベル界隈にはしばしば「亜流」作品が登場する。作家・山本弘もこの傾向について言及していた。
@hirorin0015 小説でも同じで、『スレイヤーズ!』が大ヒットしてた頃に、ファンタジア文庫の新人賞に『スレイヤーズ!』の亜流作品がどっと応募されてきたんだそうで、当時、富士見書房の編集者がぼやいてた。「神坂一は2人要らないんだ」って。
@hirorin0015 そう言えば前に、作家志望のアマチュアの人から、「現代の作品を見ると、ヒットしている作品の亜流が多い。本当にオリジナリティなんてものは求められているのか」と言われたことがある。→
@hirorin0015 僕の返事は「料理人を目指す人間がマクドナルドでハンバーガーを作ることを目標にしてはいけない」。
いくらハンバーガーに人気があって、食べる人が多いからといって、マニュアル通りにハンバーガーを作ることを一生の夢にするっておかしいんじゃない?
人気作品の後を追って同じようなジャンルの話を書く、ということ自体は日常茶飯事だ。
『スレイヤーズ』が売れた時には似た傾向の作品が増え、『涼宮ハルヒ』が売れた時にも同じような現象が見られた。
今で言えば、『SAO』『ノーゲーム・ノーライフ』などの影響でゲーム系のラノベが、『俺ガイル』の影響で学園ラブコメが増えているだろうか。
亜流の特徴は、源流の人気作の読者から読まれやすい、一緒に特集されやすいなどの利点がある。
今をときめく『俺ガイル』を始めとした残念系のラブコメも、おそらくは『僕は友達が少ない』に影響を受けたものだ。
後はなんといってもキャラ作りに手間がかからない。詳細設定さえかぶらなければ、同じようなキャラクターでも混同されにくい。ラノベの基本が文章だからだ。
似たような最強系主人公で見た目が似ていても、性格・言動・生い立ちなどで差別化を図ってしまえばパクリにはならない。もちろん作家の文章の個性もあるため、ラノベのキャラクターで被りが指摘されるということはあまり見かけない。
亜流の弱点はもちろん二番煎じとして受けにくい点にあるが、『俺ガイル』のような例外も存在するために亜流を書くということを辞めない人は多い。
最初に上げた、「小説家になろう」のファンタジーものが溢れる理由のひとつもそこにある。ようは、売れるかどうかは別問題として、人気作の読者が流れてくれればそれでいいのだ。
ラノベの流行りは、売れっ子作家の人気作が作る。売れたい作家としては、その流れに乗ってしまうのが無難なのかもしれない。
3.初めから1冊の本として出版、評価される
「週刊少年ジャンプ」などで新人がデビューする際は、読み切りが載ったり、最初から連載を抱えることがあるが、ラノベの場合はほとんどが1冊の本でデビューする。
漫画では新人賞で賞をとっても、連載で人気が出ないと刊行されなかったりするが、ラノベは受賞するとまず刊行だ。雑誌で連載というケースはなかなか見かけない。
多くの場合、最初から1冊の本として読者から評価されることとなる。そして、そのシリーズの売れ行きで今後の活動の可否が決まってしまう。
打ち切られないためには、読者の人気が必要。読者の人気を得るのに有効なのは、やはり流行りのジャンルである「異世界ファンタジー」を取り入れることだ。
そうすればどんな作品でも、ある程度の読者層を得られると言っていい。
「でも、異世界ファンタジーってそれだけあるなら供給過多じゃないの?」と思う人はいるだろう。私も最近まではそういう考えだった。
だから今回、『このライトノベルがすごい!2016』のアンケート結果には驚いた。
ライトノベル読者の傾向①「もっと読みたいジャンル」
1位:ファンタジー 679票
2位:ラブコメ 603票
3位:青春・恋愛 585票
4位:SF 391票
5位:コメディー 375票
出典:『このライトノベルがすごい!2016』P182より
なんと、今の時代でもファンタジー作品を望む声は非常に多いのだ。
この傾向がなくならない限り、新人がデビューするときは読まれやすい異世界ファンタジーが好まれるのかもしれない。
まとめ
改めて、ラノベにファンタジーや異世界が多い理由をまとめると、「設定が自由だから」「売れている作品がそのジャンルだから」「読者母数が多いから」ということだ。
実際、どこのレーベルにも風雲児となりうる作品は存在しているので、あとはそれが注目されれば流れが変わる可能性は十分にある。
でなければ、異世界ファンタジーが好まれる風潮は今後数年続いていくことだろう。
だが結果として、「ニッチなジャンルを書くくらいなら異世界ファンタジーを書いたほうが目につきやすく、売れやすい」という風潮は確かに存在している。
完全に矛盾してるな。