小川詩織
2015年12月4日17時59分
福井県小浜市の古風な白色の木造建物。入り口には「JR加斗(かと)駅」の看板がある。しかし、その脇に、理髪店を示す赤、白、青のサインポールがくるくると回っている。一体、ここは駅なのか、理髪店なのか?
入り口をくぐると、「ヘアーサロン」の手書き看板に「営業中」の札がかかったドアがあり、その隣には切符売り場の小窓が見える。中から「孫は元気かいな」「もう高校生なんよ。写真あるで。見る?」と世間話が聞こえ、シャキシャキとハサミの音がする。
実は、駅舎に理髪店が入った「簡易委託駅」だ。JR小浜線加斗駅の駅舎内で1995年から理髪店を営んでいるのは塚本久夫さん(72)と朝子さん(67)夫妻。20年間1日も休まず、駅舎に通って守り続けてきた。
久夫さんは73年、加斗駅前で朝子さんの実家が経営していた理髪店を継いだ。翌年、加斗駅が無人駅になり、雑草が生えてごみも散乱し始めた。夫妻は見かねてボランティアで清掃を始めた。
95年、夫妻は賃貸契約の都合で駅前の理髪店を立ち退くことになった。駅の利用者や店に通う常連客、JR西日本の関係者から「駅舎内で理髪店を続けながら駅の業務も担ってもらえないか」と要望があった。「この地域で続けられるなら」と駅舎を改装し、理髪店の営業と駅の管理を引き受けた。
夫妻は近くの自宅から毎朝7時すぎに出勤し、駅のプラットホームやトイレを掃除し、朝8時半ごろに理髪店を開ける。理髪店が定休日の月曜と第1・第3日曜も切符売り場を開けてきた。冬は早めに出勤して入り口の除雪もする。
今年8月に久夫さんに初期の肺がんが見つかり、10月に手術を受けたが、療養中も朝子さんが駅も理髪店も営業し続けた。久夫さんの病室には常連客から「また元気になって、髪を切ってくれや」などと励ましの手紙が届いた。久夫さんは「幸せ。乗客、常連客のためにも絶対に治して加斗駅に立つ」と闘病生活を乗り切り、退院から1週間後には駅舎に戻った。
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朝日新聞社会部
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