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 東西分断時代の西ドイツを率い、卓越した識見と強い指導力で「鉄の宰相」と呼ばれたヘルムート・シュミット元首相が10日、独北部ハンブルクの自宅で死去した。96歳だった。主治医が独DPA通信に明らかにした。

 シュミット氏は9月、足の血栓の治療のため手術を受けた後、体調が急激に悪化。本人の希望で自宅で療養していたが、数日前から容体が急変していた。

 1918年、ハンブルク生まれ。高校卒業後、第2次世界大戦で東部戦線などに従軍。その後、ハンブルク大学で政治、経済学を学んだ。在学中に社会民主党(SPD)に入り、53年に連邦議会議員に初当選。ブラント政権で国防相、経済・財務相を歴任し、74年に首相に就任した。

 オイルショックによる世界的な不況下で実務家の手腕を発揮。西独の国際的地位を高め、安定した基盤づくりに努めたことが、後の東西ドイツ統一の地ならしになったと評価されている。

 外交では、ジスカールデスタン仏大統領(当時)と共に、75年に主要国首脳会議を組織。欧州通貨統合(ユーロ)の推進や、欧州安全保障協力機構(OSCE)の創設に貢献した。核問題でも中距離核戦力の全廃に向け、指導力を発揮した。

 一方で、国内で社会民主主義的な政策を進めた結果、連立相手だった自由民主党(FDP)との溝が深まり、82年にキリスト教民主同盟(CDU)が提出した不信任決議が成立。退陣に追い込まれた。

 政界引退後は、独高級週刊紙「ツァイト」の共同発行人に就任し、世界の政治経済など幅広い問題について国内外で活発に発言した。(ベルリン=玉川透)