2015年11月10日07時14分
今夏に行われた一発屋芸人を決める総選挙で初代王者に輝いたお笑いコンビ・髭男爵(ひげだんしゃく)。「一発屋」として勇名をはせていますが、貴族の方の山田ルイ53世さんは、ラジオパーソナリティーとして「しゃべり」にも定評があるほか、
【小学校のころ神童→名門中学に入学するも、ある事件を機に引きこもる→大検を取り大学入学→ほぼ失踪状態で上京、芸人に→借金苦から債務整理→ブレーク→……現在】
という、「ガチでこじらせて復活(ルネッサンス)したお方」としても有名です。
そんな山田さんがこのほど、自身の経験をまとめた『ヒキコモリ漂流記』(マガジンハウス・1300円=税別)を出版。「人生が余った」という思いを抱えた中で遭遇した数々の「死地」と、どう折り合いをつけたのか。3歳になったまな娘に対する思いとは。本の内容を、少しだけ教えてもらいました。
◇
■髭男爵・山田ルイ53世さん
中学で学校に行かなくなり、高校生くらいの年齢でコンビニのバイトを始めたころのエピソードを、本を執筆させてもらうというので、思い出して書きました。
〈そこでは、小学校の時の同級生なんかにもよく会った。
(中略)
外を見ると、数人の男女がこちらを見ながらニヤニヤしていた。誰かが僕がこのコンビニで働いているのを見つけたのか、とにかく嗅ぎつけて、物見遊山気分で見学に来たのである。退屈な田舎にあって、身近な人間のスパイシーな転落ドラマ。偵察の男は、少しでも有利な情報を持ち帰ろうと、尋問を続けてくる。
「やまっち、なんかめっちゃカシコイとこ行ったんやろ? あれ? なんでこんなとこおんの? 学校は?」
(中略)
僕が何とか絞り出した答えはこうだった。「いや~……、実は、もう勉強全部終わってん! だから暇やからバイトしてんねん!」
勉強全部終わってん……意味が分からない。怖い。もし自分がこれを言われたら恐怖すら感じる。〉
この場面、今でもけっこうはっきり覚えてますね。外にいるの、「あ、あれ小学校の時にチョコくれたあの子やん」とかいうこともあって、しんどかった。かわいいなと思ってて、チョコまでもろてる子から、学校やめてバイトしてる状況をネタにされてるわけですからね。
おやじが映画好きでよく見せられてたんですが、「ベン・ハー」てあるじゃないですか。偉い人やったんが、なんか策略にはまって、奴隷に落とされて、その時に以前の婚約者に会う、みたいなシーンあるんですけど、それを重ねましたもん。その後、ベン・ハーは復活するんで、自分でええ風に解釈してるんですけどね(笑い)。
いま引きこもってて、バイトしよかと思ってる人がいたら、まずは知り合いのおらんとこ行った方が負担は少ないですよ。当時、ちょっと考えたらわかったことですけど。
■目指すなら、めっちゃ爽やかな引きこもり?
引きこもれる環境があって、自分で精神的な負担を消化できて、心穏やかに暮らしていけるんなら、それでもええんとちゃうか、とも思います。正当化できるとしたら、最終防衛ラインはやっぱお金ですよね。一方的に「悪や」て言われないためには、引きこもりながら稼いで少しは生活費を入れるとか、できればベストですけどね。デイトレーダーとか? ま、失敗しそうですね……。
なんか、気持ちよくすねかじりながら、引きこもれないもんですかね(笑い)。これどうですか。親御さんにだけは、めっちゃ気持ちよく接する、ていうのは。自分の部屋ではすごいがんばって節電する、「おはよう!」ってめっちゃ爽やかにあいさつする、とか。「引きこもってるけど、めっちゃ気持ちのええ子やなー」みたいな。これ、確立できたら新たなジャンルですよ。
でもまあ、社会から逸脱してしまうのって、しんどいんはしんどいんです。僕は当時、それこそ「死んだ」くらいに思ってましたし、軽めに言うて「人生余った」でした。人生が貧しくなっちゃうとは思うし、心穏やかに暮らしていくってのはそうとう難しいかもしれないです。
■「自分をあきらめてあげる」ことから始まる
自分の経験を踏まえてですけど、親が悪いって思わん方がええと思うんです。親は親で、思い描いてた楽しい人生ってあるでしょうし、それを自分の子どもが引きこもるって形で阻害されてるわけだし。ぜんぶ後から気づいたことですけど。
逆に、親の側が「○○君はうまいこといってんのに、なんであんたは!」て、世間的にどうこう、という判断で責め立てるんだったら、言わん方がいいし、言う意味もないとも思います。
僕があのまま、30過ぎても引きこもってたら、「自分いまものすご気を使われてて、カッコ悪いで」て言いますかね。人はそれぞれ引きこもりの理由は違うだろうから、自分だったら自分にどう言うか、って仮定でしか話せませんけど、そりゃもう「お前は終わっている」から始まって、全部言ってやりたい。親も含めて、誰も何も言わなくなってる状態でしょうからね。
行き詰まっている人に言えるとしたら、嫌な言い方になりますけど、「自分をあきらめてあげるってのは大事やで」ってことかな。僕が持ってたプライドだって、ぱりぱりとすぐに割れるようなもんだった。
僕にとって、自分をあきらめた瞬間は、非常に誤解があるかもしれませんが、ただただ入れる大学に入ることを目指す、というところだった。神童と言われて転落して、プライドを捨てて息継ぎをしたいという状況でしたから。
芸人になってシルクハットをかぶった瞬間も、あきらめてます。あきらめハットですよあれ(笑い)。そら、芸人になった時は、「スーツびしっでマイク1本」、しゃべりと身ぶりでやったろってのがありましたし。テレビ出たいがためにハットかぶって髭(ひげ)はやして。お笑い的にはドーピング以外の何者でもないですから。その反動でいまボロボロに……、おっと。
そういう「あきらめるタイミング」は人生で何度も来る。あきらめるというのは、案外強い決断やな、とも思ってて。何か一個をあきらめないと他のことは取れないので、それは、前に進む条件なんじゃないかと、僕は思ってます。
■娘が引きこもったら?
〈結婚し、娘が生まれ、引きこもりだった僕は親になった。
(中略)
娘が生まれたことで、「人生が余った」という感覚は完全になくなった。逆に、今まで怠けたつけが来て、人生が、時間が足りないという焦りすらある〉
娘はいま3歳。ゴミ収集車が好きなんですが、この前スーパーの前に止まっているのを見て、「ゴミを集めてるんだよ」と言ったら、「パパの本は?」と言ってきたので、背筋が凍りました(笑い)。
もし、「学校行かへん」とか言い出しても、「行きなさい!」ということにはならないと思う。今の日本って、みんな同じボードゲームをやりすぎやと思うんです。用意されてるマスしか動くこと考えてないから、学校行かなかったらアウト、みたいなことになる。自分でマス目書いたってええんとちゃうか、と思います。
まあしかし、社会から逸脱すると、ゴルフで林に打ち込んだ程度じゃないくらいしんどい。リカバリーは難しいので、「しんどいよ」ってことだけは、説明してあげようと思います。
今もし、子どもが引きこもりかかったかな、と思われた親御さんがいたら、こう伝えてみたらどうでしょう。親には親の人生があって、子どものためにすべてを費やしている、という意識を持つとしんどいので、それを薄める意味も込めて。
「いま、うちの年収はこうや。こういう家計でやっとる。だからここまでは支えられるが、それ以降はちょっとしんどい。父さんとしても、月に何回かは飲みに行きたいし、母さんはこの習い事は続けたいと言うてる。それを踏まえて、考えてみてくれ」。ま、おれがこんなに苦しんでるのに、なに心穏やかに陶芸教室でツボ作ってくれてんねん、て荒れ狂うやつもおるかもしれませんが。
そして、僕のこの本を、そっと差し出してみてください。これ読んだら、「こらしんどいな」と思って震えると思います。「かかり始めたかな?と思ったら、机の上にこの本を」ということで。
◇
本ではほかにも、結果的に「人間関係のリハビリ」になった最初の彼女との付き合いと、ブレークした瞬間の衝撃の別れや、引きこもりのきっかけとなった「うんこ漏らし事件」の詳細なリポートなど、エピソードが満載。記者個人的には、実家にあった「立派な外国文学シリーズの謎」がツボでした。山田さん自身が親になり、娘が自然に手にとれるよう、絵本をそろえておいてあげたいな、はっ!? もしかして、実家にあった立派な本たちは、自分のために父親がそろえてくれていたのか。そう思いつつ、本の出所を聞いた時の父親の返しが、まさかの事態でした。ぜひ確かめてみてください。(聞き手・小林恵士)
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やまだ・るい53せい 本名・山田順三。兵庫県出身。相方のひぐち君と結成したお笑いコンビ「髭男爵」でブレーク。ワイングラスを掲げ「ルネッサ~ンス!」という持ちギャグで知られる。2015年8月、真の一発屋芸人を決定する「第1回 一発屋オールスターズ選抜総選挙 2015」で最多得票を集め、初代王者に選ばれた。ラジオ番組「髭男爵山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」(文化放送)などに出演中。40歳。
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