2015年10月22日

Pと部長と常務のデレアニ 〜大人たちのシンデレラガールズ〜

デレアニ25話を見終わって、改めて常務や今西部長といった大人キャラについて振り返る記事です。

美城常務、かなりイイ仕事してる説を書いた以上、これはやっておかねばですね。
常務関連記事は16、17話あたりで書いたものだったので、そこから25話までの間にいろいろありました。


<トライアド結成と美嘉のP>
トライアド結成についてはちょっと予想とズレて、
加蓮と奈緒は常務がデビューを止めてトライアドに回すのかと思ってたんですが、
そこには関与してなかったですね。

この件については常務着任後の美嘉の担当P(存在は2話で語られています)の動きが面白い。
美嘉のPは武内Pとは逆に、おおむね常務の方針に合わせていくスタンスをとります。
美嘉の高級コスメの仕事も拒否せず、「決定済みの仕事はやる」はずなのに加蓮と奈緒のデビューを中止。
なるほどそっちに追従するPもいるのかと。
しかし美嘉は新たな魅力を発見し、加蓮と奈緒もトライアドという結果につながるなど、
なにげにプラスの成果をあげている。
たまたま成功だったからよかっただけで、裏目に出る可能性もゼロではありませんでしたが、
美嘉が高級コスメの仕事の説明を受ける時に、Pはギリギリまで常務の方針と戦っていたらしいことを
スタッフが語っていて、なかなかの勝負師ぶりを見せていますね。
地味にすごいのは、美嘉も加蓮も奈緒も不満はありつつもPに従っていることです。
美嘉なんて部署の違う武内Pの胸ぐらを掴む(原宿で)ぐらい遠慮がないのに、
本意ではない高級コスメの仕事についてPから説明もないのに、電話で問い詰めたりもしなかった。
美嘉のPは信頼されてるんだなというのが伺えます。
美嘉も楓さんの次ぐらいの人気アイドルになっていますから、美嘉Pはできる人なんでしょうね。
妥協点の見極めも悪くないし、美嘉だけでなく加蓮と奈緒という逸材も発掘しているし、
やり手だなという感じがあります。
莉嘉をあえて自分で担当しない、というのもこやつわかってる! と言いたいところ。
美嘉が仕事どころじゃなくなってしまう(別部署でさえ原宿回)ので。

そしてこの美嘉Pの上司が今西部長。この部長、一体何者なんだ……。



<プロジェクト・クローネの真価>
白紙爆弾を投下し、楓さんに「あなたとは目指す場所が違います」と言われた常務が、
デキるところを見せなくては、ということで登場したクローネさん。

これ、かなりすごいんですよ。

常務着任が9月初頭として、秋ライブが10月から11月だとすれば、
クローネのほとんどのアイドルたちは未デビュー状態から2ヶ月ほどで
キャパ1万人クラスのステージに立ったんですから。
シンデレラプロジェクトの2ヶ月目は、衣替えした8話がおよそ6月あたりなので、
蘭子がデビューするかしないかの頃です。
メンバーの半分以上が持ち歌どころかユニット構成も決まってない状態。

これは、イイ仕事してる説で指摘した346プロの堅実だがスピード感の欠けたプロデュースに対する、
アイドルの時間は有限であると考え、スピードを求めた美城常務のアンサーだといえます。
346プロには予算と設備と優れたアイドル候補生というストロングポイントがある。
人材を集めてトップダウン方式による即断即決でユニットを組み、
マストレと設備を使った質の高いレッスンを行い、曲も同時進行でガンガン作る。
結果、2ヶ月で10人を1万人クラスのライブで戦力に計算できるところまで仕上げた。
※凛とアーニャはデビュー済み奈緒加蓮はデビュー直前でしたが。

ただ、本番直前に文香が緊張で調子を崩すアクシデントが。
そこにケチがつくわけなんですが、これについては3つほど。
まず、このアクシデントへのフォローが後手にまわってしまった間接的な理由は、
クローネがここまであまりに順調に来すぎてしまった、というのも一因ではないだろうか。
レッスン中にトラブルの連続であったなら、ライブ当日も何かが起こることを警戒するものです。

それを想定しておくのが大人の役目、常務は現場を知らない、という意見も見かけましたが、
同じアクシデントを武内Pもマッスルキャッスルの智絵里やサマーフェスの美波で経験している。
こういう突発アクシデントは避けきれないものであるといえます。
同時に346プロの慎重堅実方針に慣れていたスタッフ一同が揃ってトラブル慣れしていなかった、
という風にも見えます。権限を常務が持つプロジェクトであることを抜きにしても、
文香の不調が発覚した時の現場の混乱は、現場スタッフみんな経験不足であることを感じました。

そして、もしかしたらこの秋ライブのキモだったというか、
影からコントロールしていたともいえる人物……そう、今西部長です。
部長は部長ですから、常務と一緒にVIP席にいるのではなく現場にいてもよかったんです。
仕事の現場なんですから。なのに部長は常務にくっついていた。
3話のライブでも来賓の接待をしていたし、
サマーフェスのトラブル対応でも陣頭指揮はとっていなかったので、
部長は現場の指揮にはタッチしない、顧問みたいなポジションなのかもしれませんが、
常務が現場にケアする人員を配置しなかった、とミスを指摘されるのであれば
武内Pや美嘉のPたちの直属の上司であり、常務の部下という管理職の今西部長が
何もしないでいる方がよっぽどマズイ。
少なくとも今西部長にもこのライブが無事成功することへの責任はあるわけですから。

……なのですが、部長は20話ののまけで武内Pに(現場は)任せた! 的なことを言っていて、
現場で何かあっても武内Pがいれば問題ないとし、実際にそうなった。

だとすればサマーフェスなどで経験済みの突発的なトラブルも今西部長の想定内であり、
最初から自分で売り出すアイドルのデビューをVIP席で見ていてはダメだ、現場に行けと、
美城常務にこのライブで教えるつもりだったのでは?
仮にアクシデントがなかったとしても、
何か理由をもうけて常務をVIP席からバックステージに行かせるつもりだった、
そのために現場におらず常務のそばについて機会をうかがっていた、とも考えられます。
24話のクリスマスライブ、25話の舞踏会でも部長は現場に常務を行かせていますしね。

秋ライブの成功に万全を期すのであれば部長は現場にいたほうがいい。
でもそうすること以上に常務をバックステージへ行かせることが重要だと考えていた。
そのために現場は手薄になるが、武内Pがいれば大丈夫だという保険をかけつつ、です。

このじいさん、自分が現場を仕切らないことで事件が起きるリスクを高めることさえ、
常務をVIP席から出て行く理由にしようっていうんですから。
万一の対応はもろもろ経験済みの武内P(とちひろさん)で大丈夫だろうと計算しつつ。
もしかしたらスタッフはもっと現場の不測の事態に慣れる必要がある、まで考えていたかも。
目先のことではなく、会社全体の未来を見据えるならば、
武内Pをはじめとする現場と経営陣の融和はもとより、
346プロアイドル部門を本当に芸能界で戦っていける組織にするにはどうすればいいか、
そこまでヴィジョンを持って部長は動いていたようにも見えます。結果としてですが。

デレアニは今西部長視点で見てみるのも面白い。
部長のお話はまたあとで。


<常務の長所と、武内Pとの類似性>

美城常務の長所は、失敗を改善していけるところです。
楓さんには大きな仕事を用意したが蹴られた。
次に夏樹、涼、輝子にユニットのイメージコンセプトまで提示したが蹴られた。
ガチガチに固めるな、自由にやらせろと。
で、三度目の正直がトライアドプリムス。ユニットメンバーは君たちだ、
やるかどうかは自由だ、曲は用意しておいたぞ。とくるわけです。
オファーのかけかたが目に見えて変化しているのがわかります。

このオファーの変化も期間にすると2ヶ月未満の間にこれだけ変わっている。
大企業の立場もプライドもある経営者が、
干支ふたまわり近く若いキャリア2年未満のアイドルにこれだけ態度を変えて対応する、
なんてワタシはそれだけで尊敬しますね。
そんな経営者に42年生きてきて会ったことないですもん。

あと、楓さんにこだわらなかったのも見事でした。
経営者である美城常務の最優先事項は収支改善、利益の増加です。
そのために稼ぎ頭の楓さんをより強く売りだそうというワントップの戦略は、
(765プロとは比較しないと宣言しましたが類例として)765プロの高木社長もやりました。
竜宮小町を売り出して、名前を売り、顔を売り、そこに他のアイドルをバーターでつけて売る。
人もカネも集中させて看板商品を確立し、そこから枝葉を伸ばす。基本中の基本ですね。

しかし楓さんワントップ戦略は成立しませんでした。
ここで凡人はワントップという形にこだわり、楓さんの代役に美嘉を置いたりするものですが、
常務は美嘉を楓さんに用意した歌の特番に出すのではなく、
美嘉の長所であるヴィジュアル面で新たな売り出しをかけて成果を上げつつ、
クローネという新人グループの結成に動きました。
このことからも常務は「能力のある者」にはこだわるものの、
その選ばれた者に適した方向で売り出す目利きができる人なのだと思うんですよ。
仕掛けは速い常務ですから、実現しなかったものの夏樹、涼、輝子のための曲も用意していたはず。
それ、どんなもんかお蔵入りしたものを聴いてみたいw
この3人が歌う曲がトラパルみたいな奇跡の一曲であった可能性も……どうだろう?w

で、同じなわけですよ。

みくがストをやり、未央に逃げられた武内P。
楓さんと夏樹に拒否られた美城常務。
かつて担当アイドルたちに逃げられてシンデレラプロジェクトに再起をかけた武内P。
同じく、2アウト後にクローネで勝負をかけた美城常務。
その両方を見守り、導く今西部長。
ほぼ日常で笑わない、仕事に遊びがない、たぶん友達は少ないw
失敗に学び、手法にこだわらず柔軟に変化していく(何度か失敗はする)。

武内Pと美城常務は偶然とは考えにくいほど共通する部分があるんです。
常務「君とはかみあわないな。私は城を、君は灰かぶりの夢を第一と考えている」
なんて言うわりにはキャラがかぶっている。
ある意味ふたりはとっても近いところを走っている平行線だともいえる。

これ、なんでだろう?

デレアニに美城常務というオリジナルキャラが必要だった理由がそこにあると、ワタシは考えます。


<高雄監督という「残酷」から逃げない表現者>

私見、なのですけど。高雄監督という人は「残酷な現実を見逃せない人」ではないかと。
アニマス20話の千早は、ステージに立つところまでいっても、自力では歌えなかった。
あの20話の理屈で説明できる限界を越えた感動は、
あの千早が「歌えない」というその残酷さを徹底したから生まれました。

劇場版アイドルマスターの春香は、聖人のようだという人もいますが、
ワタシはあれ、逆に春香は悪魔的な何かだと思っていまして。
可奈に言った「どうしたいかだけでいいんだよ」は聖人の口から出る言葉ではないです。
「どうしても実現したいことがあるならやっていいぞ、だが保証は無い、死ぬ気でやれ」ですよ?
それを天使でも悪魔でもない、たかだか17年しか生きてない人間が14歳のどん底の少女に言うなんて、
いや言われる可奈以上にそれを口から吐き出す春香、吐き出さねばならなかった春香は、
それを言って、かつ可奈を救うことでしか自分が救われないという「残酷」な境遇にありました。
しかも変な話、劇場版アイドルマスターで可奈が救われなかったほうが、
人間・天海春香にとっては楽だったと思うんです(アイドル・天海春香にとってはまた別です)。
可奈が救われたことで春香はとんでもなく巨大なものを背負うことになったから。
春香が聖人に見えてしまうのはそのせいなんですが、
自らそれを望んで可奈に悪魔的な誘惑をした結果、そうならざるを得なくなってしまった。

その春香の悪魔性を示唆していたのが劇マス冒頭の劇中劇「眠り姫」で、
春香は得体の知れないアイドル(伊織がアイドルって一体何なのよ!?というほど)に、
千早を誘ってアイドルにしてしまうんですね。
桜の下に女の子が眠っているだの、禁忌として封印されてた恐い眠り姫だの、
亜美真美なんて「新しいアイドルが生まれてしまう!」なんて言ってるし、
春香本人も「ここは私たちがいていい場所じゃない」なんて言ってるw
「眠り姫」におけるアイドルってロクなもんじゃないです。
そこに春香は千早を引きずり込んでしまった。悪魔ですよこれは。
同じことを春香は可奈に、お芝居ではなく本当にやってしまった。
「眠り姫」の中だけでなく、ステージに立つアイドルになる、他人をアイドルにするって、
実は幸せなことではなく、逆に幸せではなくしてしまうことなのではないか。
自分の幸せと引き替えに、誰かに幸せを与える者、それがアイドルなのではないか。
そんなことも近頃考えます。
※アイドルに限らず、仕事ってそうなんじゃないかという気も。

アニマスの千早にせよ劇マスの春香にせよ、
やりようによってはそういう「残酷さ」を華麗にスルーしてイイ話にまとめることもできた。
でもそれをしなかった。その「残酷さ」を担当したのは演出の高雄さんだった。
そう考えるとみくのストや逃げた未央や倒れた美波や終盤の卯月など、
それは残酷じゃないか、見せなくてもいいんじゃないかと言いたくなるほど
追い込まれた姿を描かれるのは必然だったかと。
アイドルアニメにそんな表現が必要なのか? と疑問に思う人は、
最初のアイマスである、アーケード版(Xbox360版でも可)のアイドルマスターで
天海春香がどうなったかをご確認ください。


<25話で待ち構えていた最大の残酷>

だいぶ話が脱線しましたので戻します。
武内Pと美城常務が似た者であることと、高雄監督が「残酷」を直視する人だということ。
このふたつを意識して25話の武内Pと美城常務の対話を注意深く見直すと、
ある残酷な事実が見えてきます。

それは、武内Pの主張が大きな問題を抱えているということです。

常務「物語には、目指すべき目標が必要だ。皆が憧れる、光り輝く目標が。
そこに立つ者達は、それに相応しい輝きを持つものでなくてはならない」
「君のような、輝きを失った者まで守ろうとするやり方では、
やがて城の威厳は失墜し、廃れていくだろう」

武内P「城を目指す少女は、何かを願うものです」
「思いの形はそれぞれに違う。その全てが、星のように大切な輝きだと私は思います」

ねえ、「その全て」って、どこからどこまでを指すの?
あなたに選ばれなかったアイドルや、アイドルになれなかった子たちの星はどうなるの?


シンデレラプロジェクトも、
舞踏会に出演したアイドルも、
346プロに所属できたアイドルも、
選ばれた者なんですよ。常務に選ばれた者と同じで。

では選ばれなかった者は、去って行った卯月の同期の子たちの思いは、
輝く場所を得られなかった星は。

常務と武内Pは合否のラインが違うだけでやってることは同じだったんです。

かえりみられることのない、選ばれなかった者たちの星の輝き。
己の信念を主張したが、結局は常務と大差がないP。
こいつはなかなかに残酷なお話じゃありませんか。


ただ、この話には続きがあります。


常務「君はその星全てを見いだせるというのか?」

武内P「いいえ。私に見えて、常務に見えないこともあれば、その逆もあります。
渋谷さんとアナスタシアさんの別の可能性を、常務が示されたように。
 部署という枠にとらわれていた私には、思いもよらなかった可能性です。
 そして、それも無限にある彼女達の可能性の一つに過ぎないのではないかと」

常務「私の理想も、その一つに過ぎないというのか?」

武内P「一番大切なのは、彼女達が笑顔であるかどうか。それが私のプロデュースです」


この「君はその星全てを見いだせるというのか?」を言うために、
デレアニには美城常務が必要だった。これはもう、絶対に必要だったとワタシは考えます。
もし、このセリフがなかったらどうなるか?

このアニメのタイトルはアイドルマスターシンデレラガールズではなく、
アイドルマスターシンデレラプロジェクトになっていました。


ここなんですよね。アイドルマスターシンデレラガールズは180名超のアイドルがいる。
その一部分だけを取り出して、その看板はかかげられない。
という、無理難題を最初から背負ってこのアニメは企画製作が始まったわけです。
※この制約が真の残酷だったかもしれません

じゃあ全員出せるのかといえば、それも無理。
ならばどうするか?
その答えは、このアニメを「行きて帰りし物語」にすることでした。


<冒険者たちは家に帰る>

島村卯月たちはゲームのシンデレラガールズというからデレアニという冒険をしにやってきた。
そこで彼女たちはある冒険を全うし、いくつかの宝物を得て、に帰っていきました。
アニメの中で、何度か「冒険」というワードも出てきましたね。
宝物は人によりけりですが、確実なのはまず新しい歌です。
それから新しいユニット、たくさんの表情、そしてディテール(設定ではないです)。
あの小さい杏と大きいきらりが同じ空間で同じように息をしている、というディテールです。
このようなあれやこれやを担いで、彼女たちはシンデレラプロジェクトをまっとうし、
元のシンデレラガールズに帰っていきました。

時空を超えてる? 超えてますよ。デレステの『とどけ! アイドル』にも書いてある。
あっちとこっちはそれぞれ可能性のひとつに過ぎず、
アイドルたちはその平行の世界を超えていく。
アニメの中でまずひとつ。武内Pの可能性と常務の可能性を凛とアーニャがまたいでみせました。
同じことを、他の無数の可能性に対して、アイドルたちはできる。時空を超えてとどく。
武内Pは美城常務にそう言ったわけですが、武内Pのその言葉を引き出したのは他でもない、
美城常務だったわけです。

武内Pと美城常務はポエムバトルという形式によってメタ発言をギリギリ回避して、
このやりとりを成立させました。


舞踏会が終わり、シンデレラプロジェクトは解体され、新たなユニット活動が始まります。
その景色はラブライカもキャンディアイランドもない、元のシンデレラガールズのようで、
されどそこにいるアイドルたちはちょっとずつ、何か宝物を隠し持ってステージに立っている。
武内Pはシンデレラプロジェクト2期生を担当、それが誰なのかは見せず、
あらゆる可能性をそこに残して346プロの4年目が始まりました。

最後の最後、パシフィコの14人でのライブは美城専務が企画したもので、
むしろ彼女のほうがこの14人によるシンデレラプロジェクトの物語
ハッピーエンドを用意したがったようにもみえました。
たぶん、美城さんは負けとバッドエンドが大っ嫌いなんだと思いますw

常務「物語には、目指すべき目標が必要だ。皆が憧れる、光り輝く目標が。
そこに立つ者達は、それに相応しい輝きを持つものでなくてはならない」

だからこそ、1期生14人の物語としてパシフィコライブがあり、
それが2期生の目指すべき、憧れる目標になると考えたのかもしれませんね。
ただしそれは完成でも完結でもない。
シンデレラプロジェクトという冒険のゴールではあっても、そこは彼女たちの家ではない。
武内Pにとってもそこは通り過ぎていく場所であった。
だからこそ、アニメの世界と元の世界をつなぐことができたんです。

奈緒と加蓮が凛の後輩だった世界は確かにここにあるのだけど、彼女たちは帰っていく。
すべてのプロデューサーの、あらゆる出会い方をした世界に帰っていく。
その先に何があるのかは誰もまだ知らない。
ひとつの冒険が終わったあとも、まだ冒険は続いていくわけですから。

デレアニ、それは刺激的な冒険アニメだった。そんな風にまとめるといいんじゃないかな。




<今西部長の謎にせまる>

なんとなくイイカンジにまとめたものの、まだ宿題があるw
今西部長は何者なのか?

7割ぐらいジョークでいえば、これワタシがやってるやつです。
プロデューサーをプロデュースするプロデューサー。
ワタシ、家でかみさんと息子をプロデューサーに育成中でして、
アイドルじゃなくプロデューサーをプロデュースしているw
素直に教育係といってもいいっちゃいいんですけどね。
それにしても武内Pと常務のふたりとも育てちゃったのは見事。

思えば2話で卯月、凛、未央をバックダンサーにする美嘉の提案を即決したのも部長でした。
みんな彼の手のひらの上で踊っていたのかもしれませんね。

部長のことですごく印象に残っているシーンがありまして。
15話で武内Pの舞踏会の企画書を見た時に、

部長「君の信念を感じる良い企画だと思うよ。
  ただ、美城常務がこの内容を納得してくれるかどうか、かね?」


ここです。部長はこのあと、楓さんが武内Pと似ている、とだけ言います。
この企画書がいけるかどうか、判断をせず、
さらに企画が通るようにバックアップするといったことも言いません。

部長はこの、舞踏会の企画書が常務の承認を得る前の段階で、
この先のことをどこまで考えていたのだろうか?
再チェックをしてみましたが、
部長が武内Pに裁量権を与えるように常務に根回しした形跡はなく、
あの大判振る舞いともいえる武内Pに与えた権限は常務の意思のみとみてよさそうです。
部長は武内Pのバックアップはしなかったのかな。
楓さんがひとりで対抗したんだからお前もやれるだろ、ぐらいは昭和の人間なら考えますね。
フォローはできなくもないが、やれば武内Pの男を下げることにもなる。
あるいは楓さんに仕事を強要したり、干したりしなかった常務の姿勢をみて、
ある程度彼女は企画の内容に理があれば通す方向で検討すると読んでいたのかもしれません。
付き合いはかなり長いようですしね。
性格を見ても常務はものをはっきり言ったり、行動したりするタイプで同様の者を好む傾向があり、
イエスマンや顔色をうかがうチキンや事なかれ主義やおべっか使いを嫌っているのがみてとれます。

とはいえ常務に企画が却下されてしまえば終わり。
終わりだけど、今西部長の常務ころがしスキルなら、後出しジャンケンで
「彼の企画を却下したそうだが、それによって社員が企画を提出しずらい空気ができては、
社にとって有益な企画が減ることになりはしないかね? 再提出の機会を与えてもいいのでは?
中長期的な成長戦略を考えるなら、いくら優秀な君でも企画を全部やるわけにもいかないだろう」
とかそんな感じでやらせてダメなら手を貸す、みたいな。

いいなあ、ワタシもそんな上司がほしい……じゃなくてそんな上司にならなきゃいけないトシです。
人間は精進フォーエバー。


貼っちゃいますけど、この小松さんの渾身の芝居ね。
常務と感情的な対立にならないか、本心をしっかり探り、信用できると確信したらパッと任せる。
注目すべきは、「秋ライブにお互い全力を尽くそう」と部長が言っていること。
全力を尽くそうと言ってVIPルームで常務に張り付いていたわけですよ。
それが今西部長にとっての全力だったということは、
やはり常務をバックステージに行かせることが最大の仕事だと考えていたのではないかと。

武内Pとアイドルの距離感などを「もどかしい」と言うなど、
やろうと思えば部長主導でアイドル部門の改革もできたのではないかと思わせるふしもあり、
人材育成の意識、それも直接の指導ではないカタチでやろうという取り組みがうかがえます。
これは大人を育てる場合、とても重要です。大人は子供扱いするとヘソ曲げるので。


「常務は無能」というフレーズを放送中に数多く見かけたわけですが、
そう言った人たちがイメージする「有能なお偉いさん」が、
まさに今西部長だったようにも思えるのですが、どうなんでしょうね?
部長はどんな風に評されているのだろう。
なんかね、本当に目立たないように大仕事をやってのけちゃったので気付かれてないようなw
後世の歴史家あたりに評価されてほしいですね。
あと、シンデレラ3rdに来てくれたらいいなw

また、あらためて25話を見終えて思うのは、今西部長のやったことこそ、
旧来の慎重堅実な346プロイズムそのものであったのではないかということです。
改革者であった武内Pとシンデレラプロジェクトも、急進的かつ守旧的であった常務も、
どちらも時間をかけてじっくり呑み込んで、活かすカタチを整える。
346プロイズムの根底にあるのは「人の成長には時間がかかる」ということかもしれません。
アイドルも、Pも、偉い人も。

それはシンデレラという童話の(恐い原作の方ではなく)、一番大事な部分でもあるのかな。



<だいたい書いた。>

やー、なんかデレアニについてはアイドルのことをほとんど書かずに大人のことばかり書いたような。
宝箱の中身ではなく箱の方が大事だったかのように思われちゃいそうですね。
アイドルのことはいろんな人がよく書いてくれているので、まあいいかw

最後なのでどこにも挟み込めなかったことを書いてみます。
このアニメはとにかく表情や仕草などで伝える要素が多くて、
あんまり言いたくないですが作画が生命線だったなというのはありますよね。
このシーンのこのセリフを言う時の表情がグダっていたらぶち壊しだよ! なんてシーンが
いったいいくつあったか。ありすぎですよね。恐ろしい作品です。
こんなの死ぬまでにあといくつ見られるかっていうぐらいに。

・・・なのですが、なのですが。

20151018164350

25話のこのシーン。
「私たちの平行線をも越えていくのか?」と常務が言い、武内Pが振り向いて「はい」と答える。
その武内Pの顔を描かなかったのね。

それが一番見たかったのに! という想いと、
描かないでくれたんだなという想いと、
描けなかったんだなという想い、いろいろ複雑なものがあります。

ワタシの場合、ここで武内Pは作中で一度も見せなかった、
いやもしかすると彼自身が人生で一度も見せたことがないような笑顔だったと、想像します。
それがきっと、美城常務の頑固さに対する決定打になったのだろうと。
それがどんな顔だったのかは、たぶん人の想像以上のものを絵として描けないので、
描かなかったのかなー、なんて。
それはしょうがないし、そこは各自が「これだ」という顔をイメージするのがいい。
あるいは自分で「はい」と言いながらその顔をしてもいいw
あの瞬間は、自分というプロデューサーが主役だったのかもしれないですね。

アイドルマスターは、ゲームをやっていても結局は何らかの人格を持つPという存在に
ある意味「なりきる」ことでプロデューサーを疑似体験しているだけであり、
そこから一歩踏み込んだ、何というか「自分はこのアイドルのプロデューサーだ」と自称できるとこに
到達するには、その人格を持ったPとは別の何者かになることが必要だったりします。
デレアニでアイマスの世界に触れた人も、この描かれなかった顔によって、
その人物は武内Pでありながら武内Pではない、という体験をできたかも?

もしその感覚が悪くないものだと感じられたなら、ゲームもやってみてください。
新たな光が待ってるかもしれませんよ。

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