メキシコシティから北西に200km余り。中央高原エリアのグアナファト州に、トウモロコシ畑が広がる一帯がある。遠くに見えるのは隣州ケレタロの街並み。ここにトヨタ自動車が約10億ドルを投じて新工場を建設する。
生産能力は年20万台。カナダと米ミシシッピ州の工場で生産しているカローラを、ミシシッピ州とメキシコに再編、集約するという計画だ。モジュール化や部品共通化を進める新たな設計思想「TNGA」の実践の場に位置づける。
FTAの優等生に潜む凶暴な素顔
ここ数年、メキシコには世界の自動車メーカーが押し寄せている。
2013年に日産自動車がアグアスカリエンテス州に第2工場を設立、独フォルクスワーゲンもグアナフアト州にエンジン工場を立ち上げた(車両工場は別にある)。
翌2014年には同じグアナファト州でマツダが27年ぶりとなる完成車工場を稼働(合弁を除くマツダ主導の新工場)、ホンダも2つ目の拠点となる工場で車両の生産を始めている。
今後の計画も目白押しだ。起亜自動車は2016年にメキシコ北部のモンテレイで、BMWやアウディも2019年にメキシコ国内で新工場を立ち上げる。
2015年の生産台数は約340万台とブラジルを抜き世界7位になる見込み(台数データはIHSオートモーディブ)。2020年代前半には500万台の大台を超えるとみられる。まさに、“米国の自動車工場”と呼ぶにふさわしい。
だが、メキシコには全く異なる顔もある。殺人や暴力が吹き荒れる凶暴な素顔だ。
惨殺死体が紙面を賑わせるのは日常茶飯事。今年5月には麻薬カルテルがメキシコ空軍のヘリコプターを打ち落とした。ここ数年はパイプラインからの石油窃盗も相次いでいる。国営石油公社ペメックスによれば、2014年には前年比2倍の11億4800万ドルの石油が盗まれたという。過去には政治家や治安当局の幹部がAK-47で蜂の巣にされたこともある。
45カ国とFTA(自由貿易協定)を締結するなど国を開き、外資を呼び込む姿勢は自由貿易体制の優等生と言っても過言ではない。だが、その仮面の裏側には最凶の素顔も潜む。最強か最凶か――。どちらが本当の顔なのだろうか。
その断片を覗くため、ソマリアのモガディシオやイラクのバグダッドを超える殺人率を誇ったシウダファレスに潜入した(メキシコの現状を特集した「TPP陰の主役、仮面国家メキシコ」はこちら)。