テレビを開発した人も電子レンジを開発した人も、きっとこれがあったら便利だろうな、みんなが喜んで使ってくれるだろうって信じて、持てる知識と技術を集めて作ってくれたと思うんだよね。その後も、あれやこれやとずっと改良を続けてて進化をしていて、ずっと良い物が手に入るようになったと思う。
テレビも最初に家庭に来た時に「わぁ!」って皆夢中になっただろうし、そこから伝えられる世界中や日本中の話題は見識を広げる一助にはなってたと思うんだよね。電子レンジだって同じで、最初に家庭に来た時には便利になった、と働いているお母さんと家で待ってる家族の強い味方になってくれたと思うし。
でも…「テレビはいらない」「電子レンジはいらない」「炊飯器はいらない」…いらないいらない、なくても生きていける。情報はスマホで全て済むし、蒸したら良いし、鍋で炊けばいいし…
この一周回った感。一周回って「やっぱりいらない」。
きっとこれがあったら便利だろうなという気持ちや「わぁ!」って喜んだ気持ちってどこに行っちゃったんだろう。
喜びのために必死になって作りだしてきたけれど、最初はそれに喜んで感謝もしたけど…一通り通りすぎてしまえば、え?なくても良いじゃん?ムダなことでした。はい、おしまい。っていうこの感じ。
何かを知るまでは知ることへの欲望が強いけど、知ってしまったらそれは当たり前になってしまうんだろうね。そしてそれを知ってるのが当たり前に生きてるから「いらない」って簡単に言ってのけてしまえるのかもしれない。
こんなのがあるといいのにって思っていた人やそれを実現するために関わった大勢の人の苦労や思いがあっただろうに…あれもこれもシンプル一番。あれもこれもこれが一つあればいいから他はいらない、ってやってたら「あんなにがんばったのに!」っていう恨み節が聞こえてきそう。
そうですね、そういう先達の人々がいるから、今、こうやって「あれもこれもいらない」って言えるくらいまで豊かになりました。ありがとうね。
だから、いらないって言えるのは幸せなんだよね。
だから、それをあまりにも堂々と何の臆面もなく表に出すことが人の癇に障ることもあるんだろうし、もっと気をつけて良いところなんだと思う。自分の身の丈にあった小さな暮らしをするにしたって、そうやってたくさんのものを踏みつけている意識は持っておいていいのかもしれないし、そういう疚しさは忘れずにいたいと思う。