1人で記憶をなくすほど酒を飲み、自己嫌悪に陥ります
Q いつも楽しく拝読しております。おかげで最近は、今先生、シバレン先生、開高先生の作品も手に取るようになりました。さて、相談です。独身一人暮らしなので、一人酒が多いのですが、記憶がなくなるまで飲んでしまうことが度々あります。そして、酔っぱらっていろんなところへ電話をしたりして、翌日ものすごい自己嫌悪に苛まれます。そのときは、次からは気をつけようと思うのですが、気づくとまた同じことをやっています。格好良く一人酒を愉しむための良きアドバイスをお願いします。
(29歳・男性)
シマジ:相談者は開高さんの作品を手に取るようになったそうだから、開高さんの晩年の一人酒を教えよう。開高さんはよく一人で飲んでいたからね。
文豪は週に3回ほど、夕方になるとプールに出かけた。「バックペインが楽になる」と言っていたね。今考えると、背中の痛みは癌が原因だったのだろう。最初は300mくらいしか泳げなかったらしいが、続けるうちに毎回2000mくらい泳ぐようになった。
いつもプールに向かう途中の肉屋でコロッケを10個くらい買っていた。泳ぎ終え9時過ぎには自宅に戻りすぐに床に就く。そうすると夜中の12時半頃には目が覚める。そこから闇シリーズを執筆しようとして原稿用紙に向き合うのだが、悲しいかな文豪の万年筆の先にはもう天使も悪魔も宿らない。
文豪はおもむろに書棚からウォッカの瓶を取り出し、大きなグラスに注ぎ込む。「何も足さない、何も引かない」を地で行く飲み方で、水も用意せず、なみなみと注いだストレートのウォッカをぐびぐびと干していく。やがて泥酔して意識をなくして眠り、翌朝7時か8時頃に目を覚ます。
その頃、(詩人の)牧羊子夫人とは冷戦状態だったから、朝飯など用意されていない。昨晩買ったコロッケを食いながら、その辺りに置いてある冒険小説を読む。編集者が来ることもあれば、来ないこともある。そして夕方を迎え、文豪はまたプールに出かけてコロッケを買うんだ。
ミツハシ:聞いているだけで喉のあたりが苦しくなってきます。
シマジ:シバレン(柴田錬三郎)さんも今東光大僧正も独酌はやらなかった。もともと、酒をそれほど飲まない人だったからね。だが、開高さんは酒が強く独酌の人だった。相談者の記憶を失う独酌は、開高さんの、我が身を痛めつけるような苦しい独酌とは違うだろう。相談の文面からは、何かに押しつぶされそうになっている感じはしない。俺は別段、自己嫌悪など感じなくてもいいと思うがね。
俺の知り合いに、この相談者のように酔うと電話をかけたがる男がいるんだ。随分昔だが、一緒に泊りがけでゴルフに行ったときに、この男は酒屋で買い込んだ日本酒の「あらばしり」をうまいうまいと飲み続け、べろべろに酔っ払い、次々と東京在住の女友だちに電話をかけ始めた。「実は俺、一関(岩手県)にいるんだ。今からクルマを飛ばして来いよ」といった調子で、訳の分からないことをわめき散らすんだ。
ミツハシ:私にもおんなじことをやる先輩がいます。あれ迷惑ですよね。
シマジ:いいんじゃないか、それくらいは。