「月が綺麗ですね」検証
夏目漱石が「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したとされる都市伝説の検証。各種資料を当たっていると…
小田島雄志『珈琲店のシェイクスピア』、晶文社、1978年9月30日初版、1979年2月20日3刷
この本に収録されているつかこうへいとの対談の中で夏目漱石とI love youにまつわる話が出てくる。但し「月が綺麗ですね」ではなく「月がとっても青いから」となっている。
平土間から見たシェイクスピア
つかこうへい 小田島雄志先生は白水社で『シェイクスピア全集』を翻訳なさってるわけですけど、いま、何巻までいってるんですか。
小田島 七巻のうち、間もなく五巻が出るところ。本数で言うと、三十七本のうち二十五本済んだところ。あと十二本。
つか 日本では坪内逍遥さんがやって・・・・・・。
小田島 個人での全訳は坪内逍遥一人だろうね。筑摩書房から分担訳の全集は出てる。個人では、あと福田恆存さんが二十本近くやっている。
つか 何年で完結のつもりですか。
小田島 ぼくは七年と言ったんだけども、白水社は五年と言って、間をとって六年かなと思ってるんだ。
つか 今のシェイクスピア劇の大体八割か九割方、小田島さんの訳が使われてますよね。
小田島 いろいろな演出家と翻訳者の或る関係‐使いたい、あるいは使いなれた言葉というのがあるよね。だから、俳優座で千田是也さんがやるときは三神勲訳だし、「昴」とか家高君が自由劇場でやるときには福田恆存訳でね。
つか ぼくもよく知らないんですけど、翻訳の苦労っていいますか、古くは夏目漱石がI love youはどう訳せるかって言ったという有名な話がありますよね。生徒たちがそれを「愛してます」って訳すると言ったら、夏目漱石が教壇からばかやろうとどなりつけて、「月がとっても青いから」って訳すのだと言った話がありますけど、そういう翻訳のリアリティーっていいますか、それは、時代とともにいろいろ変わっていってるんでしょうね。だから、『シェイクスピア全集』でも小田島さんが翻訳しようと思い立ったっていうのは、つまり、小田島さん自身は、福田さんの訳にしても坪内逍遥さんの訳にしてもどっか違和感があるんじゃないか、また世間的に違和感があったんじゃないかということで、新しくやってみようみたいな動機なわけなんですか。(236-237頁)
(初出:『翻訳の世界』1978年5月号)
『アイ・ラブ・ユー・ブック』、工作舎、1981年9月20日発行
この本に収録されている山下洋輔(音楽家)と椎名誠(エッセイスト)との対談中に「愛してる」の代わりとしての「月がきれいだな」が出てくる。夏目漱石の名前は出ていないが参考までに引用する。また同書収録の斉藤栄のコラム中に都市伝説と似た構成の話が出てくるのでこれも引用する。「斉藤栄」は小説家の斉藤栄と思われるが『アイ・ラブ・ユー・ブック』にプロフィール・顔写真の記載が無いので確証は無い。(山下洋輔と椎名誠は書籍のオビにミュージシャン、エッセイストと記載あり)
対談 山下洋輔VS椎名誠
椎名 この間、喫茶店にいたんですよ、アイラブユー、って言ってる奴が。
山下 マジメに?
椎名 もう、マジメに。俺、ふざけて言ってるのかと思ったら違うの。英語のヘタな外人だろうと思って振り向いたら、これが日本人。チンケな男だけどね、喫茶店の片すみで、マジメに女をくどいているんだよね。アイラブユーって言って。もう俺なんか、即座になぐりたくなったんだけど……まあこらえましたけど。いるんだよねえ、ちゃんと、アイラブユーなんて言えるやつが。
山下 おかしいですねえ。
椎名 アイラブユー、っていうのは、愛と全然、飛び離れちゃって、違うところにあるんじゃないですかね。気持ちいいとか、もっと動物的な言葉になっちゃってるんでしょうね。だから許してやったけどね。だってねえ、ふつう言わないよ、まともな神経している男だったら、日本語でだって、「愛してる」なんていわないでしょう。
山下 言いませんね。これは何ていうかといいますと、黙ってソッポを向いて、「花が咲いているね」と一言いえば、分るわけです。これで分らなかったら……まあ、女も鈍感だから、「鳥も鳴いてるね」と。(笑)
椎名 そうです、そうです。(笑)
山下 これでもまだ分らなかったら、「月がきれいだな」と。それでもダメなら、「星が輝いているね」、いや、輝くなんて言ったらいかんな。「星も、ある」と。それぐらいでだいたい分らなきゃ、女もマズイんじゃないですか。
椎名 ええ、その辺はもう、ダメ押しでね。(37-38頁)
※引用者注:「月がきれいだな」は「花が咲いているね」「鳥も鳴いてるね」に続く第3候補として挙げられている。
斉藤栄のコラム
愛することは生きること。私が大学にはいり、フランス語を教わったのは、フランス艶笑小話で有名な田辺真之助先生である。先生は、二時間の授業のうち、一時間半くらいは、エロチックな話をし、あとの三十分で、ほかのフランス語教授の二時間分を教えるのである。その中で忘れられない講義は、フランス語のJe t'ame(I LOVE YOU)の訳語として、「私は君を愛している」などとしてはいけないと言うことだった。先生に言わせると、「おれは君に首ったけ」と訳すべきだという。そもそも、日本語本来の言葉に、「愛する」などという舌足らずの表現はない。日本人は一般的には優雅な言葉を使うが、コト男女の問題では、非常に即物的、即身的である。西欧的な愛とか愛するとか、これに類するような言葉とその内容を、観念としてとらえていては、いつまでも小児的である。結局、物事の本質に触れることはできないだろう。(79頁)
※引用者注:「夏目漱石」では無く「田辺真之助」で、英語の「I Love You」でなくフランス語の「Je t'ame」で、「月が綺麗ですね」でなく「おれは君に首ったけ」といった違いはあるが話の構成はほぼ都市伝説と一致している。また他の事例と異なり、伝聞ではない自身の大学時代の体験談である。これが都市伝説に繋がっているかは不明だが調査の一定の手掛かりとなるであろう。
椎名誠『男たちの真剣おもしろ話』、実業之日本社、1983年2月15日初版第1刷発行、1983年4月15日初版第5刷発行
椎名誠の対談集。1981年発行『アイ・ラブ・ユー・ブック』掲載の山下洋輔(音楽家)との対談が『まともな神経している男なら、「愛してる」なんていわない』というタイトルで収録されている。
まともな神経している男なら、「愛してる」なんていわない
内容については『アイ・ラブ・ユー・ブック』(工作舎、1981年9月20日発行)の該当箇所を参照
S・I・ハヤカワ著、大久保忠利訳『思考と行動における言語 原書第四版』、岩波書店、1985年2月25日第1刷発行
アメリカの言語学者によって書かれた本。「夏目漱石」と「I love you.」の話はこの本には出てこないが、月をほめる事と愛を紐付けた「喩え話」が出ているので参考までに引用する。
6 社会的結びつきの言語
われわれは、「またいらっしゃい」と言っても、お客が二度とこないようにとの希望を示すこともできる。また若い婦人と散歩をしている時に、彼女が、「いい月ねえ」と、言ったら、その調子で、気象学的観察をしているのか、それとも接吻してもらいたがっているのかがわかる。(89頁)
※引用者注:この本の著者はアメリカ人。そして、この喩え話において日本は一切関係無い。
豊田有恒『あなたもSF作家になれるわけではない』、徳間書店<徳間文庫>、1986年9月15日初刷
SF雑誌『奇想天外』1976年から1979年にかけて連載されたコラムをまとめた本(1979年刊行)の文庫化。この中に夏目漱石とI love you.にまつわる話がある。ここでは「月がとっても青いなあ」となっている。
第四章 翻訳の時代
夏目漱石が、英語の授業のとき、学生たちに、I love you.を訳させた話は有名です。学生たちは、「我、汝を愛す」とか、「僕は、そなたを、愛しう思う」とかいう訳を、ひねりだしました。「おまえら、それでも、日本人か?」漱石は、一喝してから、つけくわえたということです。「日本人は、そんな、いけ図々しいことは口にしない。これは、月がとっても青いなあ――と訳すものだ」なるほど、明治時代の男女が、人目をしのんで、ランデブーをしているときなら、「月がとっても青いなあ」と言えば、I love you.の意味になったのでしょう。(230頁)
『有名な話』なので誰から聞いたとかどこで読んだとかの説明は特に無し。
『言語生活』1987年4月号、筑摩書房、1987年4月1日発行
この号の特集は「恋を語ることば」。その中に「うまい恋文といい恋文(吉原幸子)」というコラムがあり、文中で「月がきれいですねえ」が紹介された。
吉原幸子「うまい恋文といい恋文」
日本の男性は特に愛情表現が下手だと言われている。最近もどこかで見かけたエピソードに、<I Love Youという言葉を学生が「我汝を愛す」と訳したら、夏目漱石先生が誤訳だ、と訂正された。「そりゃあ君、″月がきれいですねえ″と訳さなきゃいかんのだよ」>―というのがあって、さすがに批評的ジョークだと感心したところだ。(53頁)
※引用者注:『最近もどこかで見かけたエピソード』とあるだけで出典は不明。
佐藤健志『未来喪失』、東洋経済新報社、2001年12月6日発行
現在の解体/アニメ化された現実(II-2)
どの文化にも、劇的な感情表現をリアルに感じさせるための独自の約束事の体系、すなわち枠組みが存在するのである。そして日本人は、日本文化の規定する感情表現の枠組みにしたがわないかぎり、劇的な感情を説得力をもって表現することはできない。かつて夏目漱石は、「アイ・ラブ・ユー」の正しい日本語訳は、「僕はあなたを愛している」ではなく、「月がとっても青いなあ」だと喝破したが、ここで彼が言わんとしたのも、「アイ・ラブ・ユー」という英語が表す感情を、当時の日本文化の枠組みで適切に表現するには、「月がとっても青いなあ」なる言葉を選ばねばならないということであろう。(168頁)
(初出:「アニメ化された現実」『Japan Echo』1997年12月号)
※引用者注:「〜だと喝破した」と自明の事実・前提として書いているので当然出典は無い。
『クイズ!知ってどーする!?』、ネコ・パブリッシング<ケータイBOOKS>、2005年8月31日初版第1刷発行
携帯電話向けサービス「EZチャンネル」で配信されていた番組の書籍化。2004年3月30日配信分にて「月が綺麗ですね」ネタが取り上げられた。
配信当時の2chスレ→【WIN】クイズ!知ってど〜する!? 2問目【EZチャンネル】
夏目漱石が英語教師時代に教えた"I love you"の翻訳とは?
問題
夏目漱石が英語教師時代に教えた"I love you"の翻訳とは?
1.死んでもいい
2.いとおしい
3.月が綺麗ですね
答えは3
夏目漱石は、英語教師時代"I LOVE YOU"を"貴方を愛しています"と訳した生徒にこう言った。「そんな日本語は存在しない。"I LOVE YOU"が出てきたら"月が綺麗ですね"とでも訳しておきなさい。日本人にはそれで伝わるから」と生徒たちに教えた。ちなみに、"I LOVE YOU"を日本で最初に訳したのは二葉亭四迷。ツルゲーネフの小説『アーシャ』に出てきたそれを『死んでも可(よ)いわ』と訳したとか。(85-86頁)
※引用者注:二葉亭四迷についての話も夏目漱石の話同様に結構怪しい。
『ストロベリー・パニック』、バンダイチャンネル、2006年配信開始、2015年6月19日確認
2006年にUHF局等で放映された百合アニメ。
第13話「潮騒」
光莉「離してください!」
要「離せないな。なぜなら…月がとっても綺麗だから。」
光莉「え?」
要「ふふ、夏目漱石は天才だ。彼はある英文をそんな風に翻訳したんだよ。I Love You」
光莉「(喘ぎ声)」
要「わかるよね?」
光莉「(怯えた声)」
※引用者注:不特定多数の人が見るアニメで、しかも女の子(光莉)が女の子(要)に襲われるインパクトあるシーンで夏目漱石の名前が使われた事から当時のアニメ感想サイトでもそこそこ言及されている。夏目漱石説拡散の一旦を担ったのは間違いないと思われる。
『神戸新聞』2007年1月26日付、神戸新聞社
正平調(1面社説)
話の中で横文字を好んで使う人がいる。当人にとって、ごく自然な話し方かもしれないが、耳障りなことが多い。ごまかされているような気持ちにもなる◆安倍晋三首相もかなりの横文字派だ。八千三百一文字だった昨年九月の所信表明演説では、カタカナ言葉が百九回あった。「技術革新」を強いて「イノベーション」、「開かれた」でいいものを「オープンな」。こうまで多いと、正直、鼻につく◆小泉さんは横文字にうるさかった。あまり使わないよう閣僚に指示していたが、安倍さんはどうか。塩崎官房長官が会見で、「インテリジェンス(機密情報)」などを多用していたのを見れば、そんな指示もないようだ。だが、それでは困る◆きょうの国会で首相の施政方針演説がある。内閣の基本姿勢を明らかにするのが施政方針である。教育再生、格差是正など重要課題が多い国会だ。分かったようで分からないカタカナ言葉は厳に慎しみ、分かりやすい言葉を心がけてほしいものだ◆横文字で人は感動しない。揺さぶられるのは味わい深い日本語だ。「アイ・ラブ・ユー」を夏目漱石は「月がとっても青いから」、二葉亭四迷は「私、死んでもいいわ」と訳したそうだ。原文と訳文のどちらが味わい深いか、言うまでもない◆もっとも、訳し方次第で情勢が変わる。「ホワイトカラー・エグゼンプション」は、分かりやすく「残業代ゼロ制度」と意訳されて逆風が強まった。しかし安倍さん、大事な国会は分かりやすい日本語でいこう。それも、美しい日本語で。
※引用者注:どこから得た情報かは明記されていない。
『読売新聞』2007年3月18日付、読売新聞社
茂木健一郎「よむサラダ」(21面)
漱石というとシリアスなイメージがあるが、洒脱な側面も備えている。「アイ・ラブ・ユー」の訳は漱石によると「月がきれいですね」だったそうである。日本語には「愛する」という概念がないのだという。「月がきれいですね」とは何とも風流ではないか。最近は、愛がいささか安売り気味である。
※引用者注:どこから得た情報かは明記されていない。
『人生が変わる1分間の深イイ話』、日本テレビ、2008年2月25日放映
レギュラー放送の第1回目にて夏目漱石のI love youが取り上げられた。
番組サイトのバックナンバー(Internet Archive)
夏目漱石のI love you
夏目漱石は文豪として名を馳せる前、英語の教師をしていたころ…
漱石「誰か、これを訳せる者は…」
生徒「はい!“私はあなたを愛しています”と訳します。」
すると…
漱石「違う!日本男児たるもの、そんな言葉は言わないものだ!」
生徒「では、いったい何と訳すのですか…?」
漱石「君といると月が綺麗ですね。」
生徒「おぉ…」
これが夏目漱石の“I LOVE YOU”である。
※引用者注:「君といると」のように頭に何かくっついているパターンは珍しい。
『グラスリップ』、バンダイチャンネル、2014年配信開始、2015年8月31日確認
P.A.WORKS制作のTVアニメ。全13話
第9話「月」
透子(とうこ)「だって、月きれいだよ」
祐(ひろ)「あっそれならわかる。その言い方って告白になるらしいよ」
透子「告白!?」
祐「いやぁー最近ちょっと調べたんだよ。したらさ夏目漱石が英語の教師をしていたときにアイラブユーの訳し方をそう教えたんだって」
透子「夏目漱石?祐くんが?」
祐「なっ、なにか?」
透子「あー、ふううん?なんでもないけどフフフ…でもなんで?」
祐「って、そのほうが風情があるっていうか…」
透子「それで伝わるのかなあ…?」
祐「あー…伝わるよきっと。愛があれば」
透子「ロマンチストだったんだね、夏目さん。」