経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の教え

最強官庁における能力の欠落

2015年09月27日 | 経済
 日経の清水正人編集委員の新著『財務省と政治』は、税と予算を巡る政策決定過程を濃密に描いた第一級の書と言って良いだろう。情報網を張り巡らし、徹底して根回しを行い、政治日程を組み上げ、ここぞの場面で献策する財務省と、細川内閣以降の揺れ動く政治とのせめぎ合いが、臨場感あふれる筆致で明らかにされていく。

 ただ、政治過程に関する本だから、当然ではあるが、そうして決められた政策が経済にどう影響したかまでは触れられていない。そのため、あたかも景気は自然現象のようなもので、移り行く天気に振り回されつつ、受け身で対しているような、そんな印象を持ってしまう。むろん、財政が景気に影響せず、常に緊縮が正義であるのなら、それで構わないわけだが。

………
 本書が描く鳩山政権下での予算編成では、選挙公約で示した政策を、国債発行額44兆円の枠内で実施しようとして、調整に四苦八苦するが、そこへ小沢幹事長が時の氏神よろしく登場し、優先順位をつけた「与党要望」を持ち込んで収めてしまう。この裏に、財務省の存在が強く示唆されている。誠に見事な取り運びであり、「最強官庁」の面目躍如たるところだろう。

 しかし、2010年度は、リーマン・ショック後の経済対策を一気に打ち切った影響で、後半に景気が失速し、5兆円規模の補正予算の編成を余儀なくされる。結果的に、ストップ&ゴーの失敗を演じたわけであり、苦労して公約を圧縮するまでもなかった。こうした顛末を知っていると、調整力を褒めるべきなのか、それとも、需要管理に不案内な政治を翻弄したと難ずるべきなのか、迷ってしまう。

 また、野田政権において、消費増税に関し、いかに欠くべからざる重要な役割を財務省が果たしたかが記されており、これには卓抜たるものがある。しかし、その反面、これによって、一気に3%も増税し、わずか1年半で更に2%上げるという、経済政策としては極めてリスキーな路線が定まることになった。

 案の定、安倍政権において、景気対策のみならず、抵抗する財務省を押し切って法人減税まで実施したにもかかわらず、消費増税は、日本経済をマイナス成長に転落させた。そのため、安倍政権は、総選挙をもって10%への再増税を阻止するが、これがたとえ政権維持の戦略であったにしても、そうしていなければ、今の景気の状態からして、日本経済の息の根は止まるところだった。

………
 確かに、財務省は、絶対的ではないにしろ、強大な政治力を持っている。これは、増税や緊縮では大いに役立っているが、日本のためにはなっていない。財政規律が組織の目的だからでは、済まされない問題だろう。かつて、旧陸軍は強大な政治力を誇ったが、「満蒙は日本の生命線」という誤った戦略目標を信奉したために、国を危うくした。これと似た構図ではないか。

 国家論まで行かず、財政の見地からであっても疑問はある。緊縮財政の意義は、金利高騰とインフレの防止にあるとされるが、こうした見地からは、高度成長期における、高金利とインフレの下での均衡財政は「失敗」だったことになり、デフレ経済期で、低金利と物価安定の中における赤字財政は「成功」ということになる。むろん、財政収支だけに注目するなら、失敗と成功の評価は逆転する。

 このように、財政は、増税と緊縮に励めば褒められるというような単純なものでない。金利や物価といったマクロ経済の安定を第一目標としつつ、財政の規模と収支をコントロールしなければならない。仮に、金利や物価は金融政策の領分であり、財政は無関係に行うとするなら、インフレ下の拡張、デフレでの緊縮といった、国民から強い批判や抵抗を浴びる政治問題に直面する。そうした中で、財政当局の政治力は、無意味に際立つこととなる。

………
 本来の財政の役割から見れば、今回の消費増税の失敗は明らかである。2014〜15年度に、財政収支は大きく改善したものの、経済は2年通しでゼロ成長である。パイを大きくできず、分け前を家計から財政に移しただけでは、経済的に無価値だ。成長の喪失は、財政への信認を危うくしかねず、収支改善だけで喜べるものではない。

 しかも、日本の財政当局は、2014年度の成長率を1.4%と予想したが、結果は−0.9%と大きな開きがあった。2015年度についても、1.5%の予想であるが、1%を割るのではないか。特に、強気だった消費と設備投資が乖離しそうである。これでは、政権からの信用はガタ落ちであろう。言いなりにしていたら、景気を悪くし、国民の支持を失うと思われてしまう。 

 アベノミクスの「新三本の矢」では、明らかに、政治で分配政策を仕切ろうとしている。ただ、財政当局に需要管理の能力が欠落しているとは言え、政治が代わってできるのかは未知数である。ことによると、緊縮とは逆向きの失敗をしないとも限らない。日本では、金利上昇時の対策が疎かなままにあることを踏まえれば、不安は拭えない。

 終章において、清水さんは、安倍流の政治主導で受身に回る財務省の姿を活写している。増税や緊縮をまとめ上げる政治力は凄いのかもしれないが、本来の財政運営の能力を欠き、失態をさらしたのであるから、それも仕方あるまい。苦境の中、広報や人づくりに励むのも結構だが、まず、なすべきは、組織の戦略目標を、増税や緊縮から需要管理へ切り替えることではなかろうか。


(今日の日経)
 MRJに1000億円投資・政投銀。消費税という怪物・清水正人。読書・ニッポンの貧困。
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