川島なお美さんの死から考える~がんで死にゆく体に何が起こっているのか

榎木英介 | 病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー

(写真:アフロ)

女優の川島なお美さんが、胆管がんにより54歳の若さで亡くなった。心よりご冥福をお祈りしたい。

死の17日前の記者会見では、川島さんの「激ヤセ」に多くの人が驚いたことと思う。そして、わずか17日後に訃報が届いたことで、衝撃を受けた人も多かっただろう。

日本人の1/3ががんで亡くなる昨今、身近な人をがんでなくした人も多いと思う。そして、現在は健康である私を含めただれしもが、がんになる可能性がある。川島さんの死は、決して他人事ではない。

がんにかかると人が亡くなるということは、いわば常識だろう。しかし、亡くなり方は多様で、がんイコール死という単純なものではない。

私は病理医として、数百の病理解剖を経験してきた。がんがどのように人を死に至らしめるのか、日々考えている。

本稿では、その経験をふまえ、がんと死について考えてみたい。

1)「激ヤセ」は「がん悪液質」

川島さんの「激ヤセ」は「がん悪液質」と思われる。これは多くのがん患者さんが経験する。私も、ほとんど皮下脂肪がなくなり、筋肉が少なくなった患者さんを多く解剖させていただいている。

「がん悪液質」の詳細はこちらなどをご覧頂きたいが、簡単に説明すると以下のようになる。

「がん悪液質」は、がん細胞が放出する物質と、がん細胞に反応して体が放出する物質、サイトカインが、筋肉や脂肪細胞、そして肝臓に働くことによって生じる。

がん細胞は正常細胞の4、5倍の糖(グルコース)を取り込みエネルギーにしているため、全身で糖が不足する。そこでがん細胞は物質を放出して、全身のたんぱく質(主に筋肉)や脂肪を分解させる。サイトカインも全身のたんぱく質、脂肪を分解する。たんぱく質、脂肪の分解産物を原料にして、肝臓で糖が作られるのだ。こうして、がんは患者さんの体からエネルギーを奪いながら増えていく。

サイトカインはこのほか、食欲低下や貧血、肝臓の働きなどを抑える作用も持つ。こうしてがん患者さんの体はやせ衰えていく。

「がん悪液質」によって全身の筋肉が細くなり、体の抵抗力が弱まる。体が衰弱することで、あるいは細菌やウイルスが感染するなどの「最後のひと押し」があることで、患者さんは死に至るのだ。

「がん悪液質」による衰弱によって、枯れるような安らかな亡くなり方をする高齢者がいる。こうした「さしたる苦痛なしに、あたかも天寿を全うしたようにヒトを死に導く、超高齢者のがん」を天寿がんと呼ぶ(石川雄一、北川知行 病理と臨床 2006 Vol 24 No.12 P1275)。

しかし、高齢者ならともかく、川島さんのような若い年齢のがん患者さんを救うために、「がん悪液質」に対する治療法の開発が強く望まれる。

2)がんが体を破壊する

がん細胞が体の重要な器官を破壊することも、死の原因になる。肺にがんが広がれば、呼吸ができなくなる。肝臓にがんが広がれば、「代謝」ができなくなり、体の中に毒がたまっていく。

まれな例ではあるが、食道がんや肺がんが心臓に達することもある。また、脳にできたがんが大きくなり、生命の維持に重要な脳の一部を頭の外側に押し出す(脳ヘルニア)こともある。ほかの臓器がまだ健康であったとしても、重要臓器が侵されれば死に至る。

逆に言えば、がんがいくら巨大になっても、生命の維持に重要な部分が保たれていれば生きていくことができる。私が経験した解剖でも、がんが全身に転移しながら長期間生存された方がいらっしゃった。

3)出血も死の原因

がんはもろい細胞で、少しの刺激で出血することがある。この出血が死の原因になることも多い。肝臓にがんが広がった場合、肝臓に血液が流れなくなることで、食道や肛門などの血管に血液が逆流し、「静脈瘤」を作ることがある。この「静脈瘤」が破裂して、大出血することも死の原因になる。

4)がんそのものが死因でないことも

多くのがん患者さんを解剖させていただくと、広い意味ではがんによる死と言えるだろうが、がんそのものが死因ではなかったケースに遭遇することがある。抗がん剤の副作用で、がん以外の臓器にダメージが生じ、それが原因で亡くなる方もいる。無理に治療しなくても、「がん悪液質」による衰弱死のほうが、安かな亡くなり方だったかもしれないと思うこともある。しかし、それは結果論でしかないので、抗がん剤すべてが無意味という結論は暴論だと言えよう。

5)死を知らない社会

現代はいわば死から隔離された社会だと言えよう。多くの人が病院のベッドで亡くなり、死にゆく過程を間近で経験する機会は減っている。死が「ブラックボックス化」しているとも言える。芸能人の死が私達に衝撃を与えるのも、死が「非日常」だからだろう。

しかし、人は誰でも死ぬ。いくら死から目をそむけても、死は確実に近づいてくる。

充実した生をおくるためにも、死から目をそむけず、死に向き合うことが必要なのではないだろうか。医療者は、死に方を知ることで、死に対する苦痛を和らげる方法の開発や、死を少し先に伸ばす治療法の開発をすることができる。

そして、医療者でない人も、死に方を知れば、死に対する漠然とした不安が和らぐのではないか。がんになったらもう終わりだ、と極論するのではなく、どのような経過をたどり死に至るのかを知ることで、それぞれの段階でできることを見極め、死に備えることができる。

もちろん、死に方を知ったとしても、自分という存在が消滅することに対する恐怖は減らないかもしれない。けれど、決して逃れることのできない死と付き合っていくためにも、「死に方の科学」が今求められている。

榎木英介

病理専門医かつ科学・技術政策ウォッチャー

1971年横浜生まれ。元理科少年。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。兵庫県内の病院勤務を経て、現在近畿大学医学部病理学教室医学部講師。病理医として日夜働くと同時に、若手研究者のキャリア問題や、医療のあり方を考える活動を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。近著は「医者ムラの真実」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、「嘘と絶望の生命科学」(文春新書)ほか

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