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PHOTOGRAPHS BY KOUTARO WASHIZAKI
TEXT BY Shin Asaw a.k.a. ASSAwSSIN
桁外れにフォトリアルな映像表現を目指すゲームタイトルとして広く認知されるファイナルファンタジー・シリーズ。FFXVの開発母体であるスクウェア・エニックス第2ビジネス・ディビジョン(BD2)は、技術デモリールとして“WITCH CHAPTER 0[cry]”を今年4月に発表、全世界から注目を浴びた。
息を呑む映像美、コンピューターグラフィックス(CG)の日進月歩は留まることを知らない。3DCGの専門家たちは「リアリティー」を相手にさぞかし苦労していることだろう…とぼくらは想像する。ところが昨今のスクウェア・エニックスでは、イメージボードや背景を手掛ける2次元の絵描きたちでさえ、ゲームCGが要求するリアリティに「苦役」を強いられているという。第2ビジネス・ディビジョン(BD2)に所属する2Dアーティスト・本庄崇は、苦笑しながら実情を語ってくれた。
「以前は雰囲気を重視したイメージが伝わる絵でよかったんです。ところがハードウェアの表現力がもの凄くあがって、3Dアーティストはごく小さなパーツまで突き詰めて考えますから、デザインする側も気が抜けない。服のボタンがどんな素材で、だからどれぐらい光が反射して…といったところまで考えなくちゃいけない」(本庄)
素材がプラスティックなら、あるいは革ならば、そんな光り方ではおかしいし、そんな方向には曲がらないなどと、3Dアーティストたちは2Dのデザインに口酸っぱく突っ込んでくる。特に海外へ発注する作業が増えつつある昨今、2Dアーティストが果たすべき「説明責任」は重くなる一方だ。
背景や衣裳を手掛ける本庄(写真手前)は美大で日本画を学んだ「アナログ育ち」だが「むしろPhotoshopで開眼した」と言い切るデジタル一辺倒の2Dアーティスト。手技のアドバンテージが活かせる液晶ペンタブレット(写真はCintiq 27QHD)を架け橋として、高まる要求に日々応えている。実はBD2に所属して物理現象の理解が進んだ結果、絵のスキルはより向上したという。「以前は感覚で描いてたことも多いんですけど、ちゃんとした知識をもとに描けばフォトリアルな結果がスマートに得られる」(本庄)。同僚の仁木健二(写真奥)は、光の原理原則を学ぶことで曖昧だった知識が整理された。「我流だったぼくのスキルに、一本筋を通してもらった」(仁木)
「ぼくらがキャラクターに、綿だと思いつつ白いシャツを着せたとしますよね。それをそのまま海外の3Dアーティストに発注したら、てろってろの、サテンみたいな素材に仕上がってしまったことがあって…(笑)。でもこれ、相手側との文化の違いなんです。『なんとなくわかるでしょ?』じゃ済まされない」(本庄)
そのとき共通言語となり得るのは「本物(現実世界における現象)に対する正確な理解」であると、アートディレクター長谷川朋広は語る。
「今回のゲームには食べ物が出てきます。切った断面とか、触るとどんな感触なのかといったことは、同じ料理を食べたことがあるという共通の体験がないと伝わりにくいでしょう。そんな難物をアウトソーシングするとなると、補足する資料にも正確を期さなければならない」(長谷川)
ゲームの開発には「臨場感(没入感)のレヴェルアップ」という使命がある。ところが本物の写真や実写の動画をそのまま使っていてはファンタジックなゲームになり得ない。つまりほかのジャンルのクリエイティヴに比べて、リアリティに対し困難な要求を背負わされている。そんななかでハードウェアの性能が向上してくると、クリエイターが曖昧につくったイメージの瑕疵が露見しやすい。ごまかしが効かないところまで来てしまったのだ。
「ユーザーにリアルな体験を提供するには、想像力だけでつくっていては駄目なんです。森に入って生き物に出会うとはどういうことか? こんなもんだろう、と勝手に自分達で決めてつくると、頭のなかにあらかじめ存在する記号化された表現を真似てしまう。どこかの何かからの受け売り、借りものになる。一方でゲーム機の描写力が高まってきた。どれだけハードウェアがよくなっても、クリエイターが記号から記号の捏造を繰り返していては全世界に訴求しうる表現に届かない。テクノロジー同様、ぼくたち表現者自身も『体験の解像度』を上げるべき。だからしょっちゅうロケハンに行くんです」(長谷川)
空想でゲームをつくるのを一度やめてみる。体験して、そこにゴールを設定する。それが超ハイエンドCGへの近道というわけだ。ところが、その近道は——極めて険しい!
「さすがに銃までは撃てませんが、猟師さんが解体した本物の猪をわけていただいて、筋肉や骨の構造を直に観察したことがあります。やっぱり写真で観るのとはわけがちがう。なるほど凄い、と。迫力が感じられる」(長谷川)
「写真を撮る」ことが目的の大半であるロケハンは、ヴィジュアルを生業とするアーティストにとって馴染みのある作業だろう。しかし「実体験を得る」ためとなると話のスケールが格段にレヴェルアップする。リアルな地形をつくろうものなら、険しい山岳地帯へ足を運ぶことになってしまう。ものがファイナルなファンタジーだけに、本物の頂(いただき)を目指すしかない。もちろん脚力や経験なぞもち合わせているはずがない。ゲーム屋にあるのは心意気だけだ。
「ノリで登っちゃって大変な目にあうんです。気がついたら、手を離すと終わりだねみたいな切り立った崖を歩いてました。いまさら戻ることもできないから、前進あるのみ。山小屋へ戻るとみんなぐったりしてましたね。で、実はその山が、山ガールの最終目標みたいな初心者お断りの山だったってことを、下山してから知るんですけど(笑)」(長谷川)
2Dアーティストの仲秋勇作は、洞窟をロケハンしたときの体験を語ってくれた。「前を歩く仲間の肩にでっかくて、見るからに気持ち悪い節足動物がいっぱい止まってるんですよ。ってことは、俺の肩にもいるだろうって想像できるじゃないですか。だから自分の肩がみられない!」(仲秋)。BD2のオフィスには戦利品として「謎生物」の標本が飾られている。当時は直視できなかったという仲秋だが、いまでは笑顔で語れるほどに。本物の体験は、かくもクリエイターをたくましくするらしい。
山を歩けば転びまくり、沢を歩けば泥だらけ。川底にぽっかり空いた大穴に、胸までハマったこともあるらしい。
「一人が突然ドボン!とかいって目の前から消えたんですよ。まぁ無事で良かったんですが、『いまの撮れてた? 撮れてた?』とか聞いてくるんですよね。で、そういうときに限ってヴィデオを回してなかったり(笑)」(長谷川)
動画にまとめられた彼らの奮闘ぶりは先日YouTubeにて公開された。FFXVの開発母体たる第2ビジネス・ディビジョン、そのムードを象徴する一本だ。
これほどまでにアグレッシヴなカルチャーを誇るBD2は、実はスクウェア・エニックス社内でも異色の部隊。大胆な組織再編によって生み出された背景には、ファイナルファンタジーというビッグネームが“もはや勝ち組ではない”という危機感がはっきりとうかがえる。
「プレイステーション一強だったころは、自分達が世界の最前線にいるという自負がありました。でもいまは追う立場になっている。だから結果を出すことに貪欲なんです」(長谷川)
2013年のE3(Electronic Entertainment Expo、米国ロサンゼルスにて毎年開催される世界最大のゲーム見本市)において、同社はFFXVの映像を発表する大きな機会を得た。そのとき現場のスタッフはある種の危機感を共有したという。
「発表そのものの手応えはありました。けれど、このときはゲーム開発を担う第1制作部と、ゲーム内ムービーを担うヴィジュアルワークス、そして技術開発を担うテクノロジー推進部の3部門が臨時で協力体制を敷いた。もしもE3が終わって3者の関係をバラしてしまったら、FFXVを成功に導くのは不可能だろうと感じた」(長谷川)
たまたま全社で組織変更があったこともあり、後にBD2の組織長となる田畑端を筆頭とした現場スタッフの熱意によって、3つの組織をまたぐキーパーソンが一堂に会する新体制が実現。そんな経緯もあって、BD2には「垣根を越えること」「積極的に外へ出ること」で新たな可能性を見出そうという、したたかな意志がうかがえる。しかもターゲットは明快だ。ユーザーに最高峰の臨場感を提供するFFXV、ならば語るべきコンセプトは「旅」そのもの。
「旅をテーマと考えたとき、個人的なロケハンも大事ですが、スタッフ一同で何処かへ出向くという体験も重要だと考えています。実際にキャンプを張って役割分担をしてみると、お互いの発言が洗練されてくるんですよね。こういうシチュエーションだとこういう会話になるんだなぁという風に、自分達で実践しながら、感じながら」(長谷川)
かくてゲーム屋は今日も野山を駆け巡る。BD2が実践するクリエイターの体験型ロケハンは臨場感を養うのに不可欠。完成したゲームは、きっとぼくらユーザーをとことん楽しませてくれるに違いない。
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