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「憎悪」や「嫌悪」といった感情は神秘的で不可解でまったく訳がわからない

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自らの最悪の「糞」を身体化する、アンジェリカ・リデルの叫び

インタビュー・テキスト:岩城京子 撮影:相良博昭(2015/09/17)

「アトラ・ビリス(Atra Bilis)」とは、ラテン語で「暗い感情」の意味。鬱病の原因ともされている。そんなメランコリックな心理状態を自身のカンパニー名に冠する、スペイン出身の演出家・俳優・詩人であるアンジェリカ・リデルの舞台は、実際、強迫観念めいた憎悪、憤怒、嫌悪といった暗い感情に支配されている。

キリスト教文化に深い影響を受けながら「主よ、わたしはめちゃくちゃに人を殺したい、眼と心臓と舌を引き抜きたい」と語るリデルの舞台は、「聖 / 俗」「善 / 悪」「光 / 闇」の境界を破壊し、あらゆる社会通念を喝破する。そのあまりの過激さに、母国スペインで彼女の舞台が上演されることはほぼないというが、過激でありながらも強靱な哲学と審美性に支えられた作品は、近年、フランスやドイツなどの国際演劇祭で極めて高い評価を得ている。そんなリデルが、今年11月、日本で初めて作品を上演。『フェスティバル/トーキョー15』で上演する『地上に広がる大空(ウェンディ・シンドローム)』の創作過程を含め、「強迫観念が原動力」と語る作家の哲学に迫った。

PROFILE

アンジェリカ・リデル
作家、演出家、俳優。1966年スペイン生まれ。アーティストネームである「リデル」は、ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』のモデルであるアリス・リデルからとられた。1993年にアトラ・ビリス・テアトロを設立。個人の意識や魂の奥底を見つめ、性、死、暴力、権力、狂気、宗教にひそむ人間の深部から人間や社会をとらえる作品を作り続けている。混沌と美が共存する詩的かつ過激な舞台は、2013年オープニングを飾った『ウィーン芸術週間』を始め、『アヴィニョン演劇祭』、パリ・オデオン座などヨーロッパの主要なフェスティバルや劇場で上演され、現代演劇シーンにおいて常に高い注目を集めている。2012年、『La casa de la fuerza』で『スペイン劇文学国家賞』を受賞。また、2013年には『ヴェネチィア・ビエンナーレ国際演劇祭』において『銀獅子賞』を受賞

私が持っている「憎悪」や「嫌悪」といった感情は、神秘的で不可解でまったく訳がわからない。

―リデルさんの作品は、パフォーマンスであれ、戯曲であれ、詩であれ、強烈なくらい「私」という「一人称の感情」が中心に据えられています。それはなぜでしょうか?

リデル:一人称の表現を好んで用いるのは、自分の人生を表現するのに最も適した手段だからです。自分の中にある喜び、悲しみ、怒りを表現するためには「Yo(スペイン語の一人称)」で語りかけることが大切です。それは戯曲であれ、詩であれ、同じこと。ただ気をつけていただきたいのは、その感情は、私の感情でありながら、私だけの感情ではないということです。

アンジェリカ・リデル
アンジェリカ・リデル

―具体的にはどういうことでしょうか? リデルさんは、私的な感情に強い興味を持ちながらも、他人と否応なく関わる舞台芸術に惹かれ、自身のカンパニーである「Atra Bilis Teatro(アトラ・ビリス・テアトロ)」を1993年に設立されていますよね。

リデル:私は舞台上のあらゆる登場人物が自分だと感じています。人間の感情は孤立したものではありません。一人ひとりが自分だけの苦しみを吐露したとしても、それは宇宙的な苦しみとつながっています。ですから私の苦しみは、私だけのものではなく、他人のものでもあるのです。そうした苦しみの総体を、私は「Yo」という一人称で表現しているのです。

―『El año de Ricardo(邦題:リカルドの年)』(2005年)を発表されたころ、リデルさんは政治劇を作ることに熱心でした。それから徐々に政治、社会といった枠組みへの関心が弱まっていき、「私」という個人の視点が捉える表現に移行していきます。

リデル:政治劇というのは、行き着く先がなんとなく見えてしまうものです。しかもマニフェストさえあれば、言いたいことを表現できる。問題は、たとえ言いたいことを表現できても、それで世界が変わったり、何かが達成できるわけではないということ。私と同じような政治哲学を、また次の世代の人が飽きもせずに語っていく。それで「なぜ人は過去に学ばないのだろう?」と考えていくうちに、次第に人間自体が信頼できなくなっていきました。

―政治への関心や無力感から人間不信になってしまった。

リデル:また、自分が社会的に孤立した存在であることもわかっていきました。それであるならば、社会の中で閉ざされたものを、いかに美しく舞台の上にのせるかということに、次第に興味が移っていったんです。政治的なマニフェストとは違って、私個人が持っている憎悪や嫌悪といった感情は、神秘的で不可解でまったく説明がつきません。その訳のわからないものを、演劇的美学を用いて表現しようと思い始めたわけです。

アンジェリカ・リデル

アンジェリカ・リデル

―『Te haré invincible con mi derrota(邦題:私が負けて、あなたを無敵にしてあげる)』(2009年)では、あなた自身が役者として舞台に上がり、カミソリで足首に傷跡をつけたり、チェロにナイフで「War、Hell、Hate(戦争、地獄、嫌悪)」の文字を刻みつけたりします。それらのパフォーマンスは、世界の腐敗や嫌悪感を、物体や人体に刻みつけることで可視化する行為にも思えました。また、ナイフで刻まれた文字の反意語である「Peace、Heaven、Love(平和、天国、愛)」が不在の世界を描いているようにも見えました。

リデル:そのとおりです。今いる世界には、私たちが理想とするような平和や、天国や、愛は存在しません。ですから「平和、天国、愛」は「戦争、地獄、嫌悪」の対立概念ではなく、ただ存在しない。まったくの「欠落」なのです。ちなみに公演1日目には「War」、2日目には「Hell」、そして3日目には「Hate」と書きました。4日目になんと書いたかは……、今ではもう覚えていません。

―なぜですか?

リデル:あの作品では、途中、ラム酒のボトルを半分ほど空けるパフォーマンスがありますから、チェロに文字を刻みつけるころには、意識がもうろうとしていてよく覚えていないんです。私の舞台では、私自身によるパフォーマンスや、モノローグ(独白)が多いですが、それらはほぼ即興で行われています。ですから自分でも何をしだすかわからない。アメリカでこの作品を上演したときには、チェロを6台破壊しました。最高の公演でした(笑)。


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