難民急増 揺らぐヨーロッパの理念
9月17日 21時17分
ヨーロッパで第二次世界大戦後、「最悪」と言われるペースで進む難民の流入。内戦が続くシリアなどからヨーロッパを目指す人は、地中海経由だけでも46万人を超え、ついに国境管理の強化に踏み切る国もでました。
難民の流入は、人の移動の自由、人権尊重といったEUの理念を揺るがす事態に発展しています。難民が殺到するハンガリー、受け入れを進めるドイツ、それに各国を束ねるEUの苦悩を、現場を取材した記者が解説します。
国境管理強化の衝撃
EUを目指す難民の玄関口となっている国、ハンガリー。ことし、セルビアとの国境沿いに壁の建設が進められていました。全長175キロ。多い日には、9000人をこえる難民や移民を押しとどめようと、政府が急きょ設けました。
フェンスのまわりには行き場を失った人々が野宿しています。フェンスをこじ開けて中に入ろうとしたり、警察と小競り合いになったりするケースも見られます。泣きじゃくる子どもを抱き、途方にくれた様子の家族もいました。トルコやギリシャを経て、たどりついた難民たちにとってハンガリーは経由地にすぎません。
EUの域内は「シェンゲン協定」という取り決めで、国境審査なしで自由に移動することができるため、ここから最終目的地のドイツを目指そうというのです。
人口1千万のハンガリーに、ことし押し寄せた難民は15万人を越えます。政府は15日、セルビア国境に近い2つの県に「非常事態」の宣言を出しました。軍の部隊も展開できるようになり、無理やり国境を越えようとする人や密入国をあっせんした業者などを厳しく取り締まるとしています。法律が実施されるやいなや、初日だけで少なくとも170人が拘束されました。
こうしたハンガリーの対応に衝撃が広がっています。ハンガリーはかつて「壁」を壊した国として、歴史に名を刻んだ国です。冷戦時代の1989年、西側への亡命を求める東ドイツ人を通過させベルリンの壁崩壊のきかっけを作りました。
そのハンガリーが、今度は、難民を押し返す「壁」を築いたのは歴史の皮肉のようですが、オルバン首相は「ヨーロッパにくれば受け入れられるというイメージを与えてはならない」と強硬です。ハンガリーに入れなかった難民たちは、ならばと西隣のクロアチアを経由してドイツを目指すとしています。難民の波は止まりません。
”夢の国”ドイツの困惑
多くの難民が目指す「夢の国」ドイツ。これまで、入国を希望する難民を、事実上そのまま受け入れてきましたが、13日、一転して受け入れを絞る方向に舵を切りました。
オーストリアに通じるドイツ南部のアウトバーンでは、国境付近に近づくと、大渋滞が発生しています。これまではなかった警察の検問所ができて、ドイツに入る車を止めてはパスポート審査を行っているのです。政府は、検問の導入は一時的なもので、難民を違法に運ぶ業者を摘発するとともに、国内への流入のペースを抑えるためだと説明しています。
ドイツに入国した難民は、ことしに入ってすでに50万人近く。日本でいえば、政令指定都市が一つ生まれた計算です。ペースが落ちなければ、年内に100万人に達するとの見方も出て、受け入れる自治体からは悲鳴があがっています。
首都ベルリンでは、オリンピックスタジアムの体育館が、臨時の受け入れ施設として改装されました。しかし、適当な施設が見つからず、屋外にテントを設置して、難民を臨時に住まわせる自治体も相次いでいます。
難民の受け入れに批判的な人々の不満は募り、非難の矛先はメルケル首相に向けられています。「シリアなど紛争地からの難民は基本的に受け入れる」と、寛容な姿勢を示したことが、難民急増のひきがねになったというのです。
これに対し、メルケル首相は「難民たちを笑顔で迎え入れることを、なぜ謝罪しなければならないのか」と述べて、非難を一蹴しました。しかし、ふだんは冷静なメルケル首相がこのときはいつになく感情的でした。この問題への対応が、思うように進んでいないジレンマの表れではないかと思いました。大国ドイツが、一瞬見せた焦りの表情です。
各国で広がる温度差
前代未聞の事態に対応を迫られたEU。難民の受け入れ数を16万人まで引き上げ、シリアやイラクなど紛争地から来た人を選びだし、各国の人口や経済規模に応じて割り振って受け入れを義務づけようとしています。
EUは14日に緊急の内相会議を開き、合意を取りまとめようとしましたが、ものわかれに終わりました。チェコやスロバキアなど一部の国が受け入れの義務化に強く反対したからです。会議では閣僚どうしが、国を名ざしで批判しあう緊迫した雰囲気だったそうです。
難民受け入れの義務化に反対している国のひとつがポーランドです。ドイツ、フランス、スペインについで4番目に多い9300人の受け入れを新たに求められました。政府は経済的な負担が大きいうえ、治安が悪化するウクライナ東部から多くの住民が流れ込んでいて、中東などからの難民までは対応しきれないと反発しています。
ただ、理由はそれだけではありません。国民のほとんどがキリスト教徒のポーランドでは、イスラム圏から難民の急増に抵抗を感じる人が少なくないのです。ことしフランスでおきたイスラム過激派によるテロ事件の記憶が色濃く残る中で、難民に紛れて過激な思想をもった人物が入り込むのではないかという不安も広がっています。
首都ワルシャワでは大規模な抗議集会が開かれ、参加者は「イスラム教徒には来てほしくない」とか、「いったん受け入れると歯止めがきかなくなる」と訴えていました。一方、別の場所では受け入れを支持する市民のデモも行われ、「不安」という本音と人道上の「責任感」の間でポーランドの人々も揺れています。
揺らぐEUの理念
「難民問題は、ヨーロッパの理念への挑戦だ」EU本部では、高官が危機感をあらわにしています。一時的措置とはいえ、ドイツが導入した国境管理の強化の動きは、またたく間に周辺国に広がり、このままでは追随する国が増えかねません。
国境審査をなくして域内の人とモノの移動を自由にする。これはEUが掲げてきた統合の象徴です。その理念に今、加盟国みずからが「待った」をかける事態になっているのです。
国連など国際機関からは苛立ちの声もあがっています。シリアなどから毎週、数万人単位で難民が流出する事態を前にしては、EUが目標にした16万人でさえ、少なすぎるというのです。これまで、人権を重んじる立場から寛容な難民政策を掲げてきたEUですが、各国の利害の対立が長引くにつれ、その信用も揺らぎかけています。
EUは今月22日に再び内相会議を開き、難民の受け入れ分担について再び協議することにしています。EUは、問題が起きるたびにとことん議論を重ねて合意点を見いだしてきました。歴史も言語も文化も違う28か国もの国が、1つの政策で一致するのは並大抵の努力ではありませんが、「難民」という、かつてない域外からのプレッシャーをどう乗り越えるのか、注目したいと思います。