思い返せば、ずっと文系だった。
学校のテストで成績が良かったのは現代国語だけ。センター試験の数Ⅱでは100点満点中20点しか取れなかった。
そして選んだ職場は文系ド真ん中の出版社。幼いころは、宇宙や生命の神秘に胸ときめかせていたはずなのに……なんでこうなった。
そんな文系の筆者にも楽しめる「理系バー」が人気だという。その名は「science bar INCUBATOR」。
酒は好きだが理系はからっきしの筆者は本当に楽しめるのだろうか? さっそく訪問してみた。
そぼ降る雨の中、四谷三丁目駅を出て、大人の飲み屋街・荒木町を歩く。途中、着流し姿でギターを背負った「流し」のおじさんを目撃した。
具合の良さそうな居酒屋が並ぶ中、カチッと硬質な看板を発見!
店頭に出ているお品書き。ビール650円、ワイン750円……遺伝子占い2,000円!?
よく見ると三角フラスコも描かれている。では、さっそく入店してみよう。
いざ、入店!
店内に足を踏み入れてみる。一見すると普通の雰囲気の良いバー。しかし、店のそこかしこに理系的なアイテムが散りばめられていることがすぐわかる。
バーカウンターにはアルコールランプがズラリ。
カウンターには自由に使っていいリトマス紙。酸性かアルカリ性かを判定するアレだ。
この人が「INCUBATOR」の店主、野村卓史さん。もともとは生物化学を専門とする研究者で、医療機器や治療法などの研究を行っていた人物だ。
飲食店の経験は皆無だったが、お酒好きが高じて「勢い」で2014年3月にこの店をオープンしたのだという。
「理系の研究者たちが酒の席でする話って、すごく面白いんですよ。それをコンテンツとして提供する場を作りたかった」と話す野村さん。
理系トークもアルコールランプもリトマス紙も、全部が理系コンテンツ。つまり、ここはお酒と理系コンテンツを楽しむための店なのだ。
店内では、理系研究者たちによるトークイベントなども開催されている。
まずは喉を潤す一杯。小手調べの生ビール(プレミアムモルツ中 650円)はビーカーで登場。内容量が一目でわかる!
お通しのクルミは、遠心分離機で使う沈殿管(ちんでんかん)に入っているという手の込み用だ。
カウンターで一際存在感を放つのが、店が主催する「ピペット操作コンテスト」のトロフィー。
研究で使う機械式ピペットを駆使して、5mlの水を正確に何秒でビーカーからビーカーへ移せるかを競う。
ちゃんとプロの部とアマチュアの部に分かれているのがミソ。トロフィーは野村さんの自作だ。
壁にズラリと並んでいるのは、「BEAMS MEDICAL」や「プロフェッサーズラウンド」などのブランドが発売している高級白衣。
お客さんは無料で借りて、写真を撮ったり、そのまま飲んだりできる。BEAMSが白衣を出しているなんて知らなかった……。
おつまみの定番は「アルコールランプ炙り」。スルメイカ、エイヒレなどをアルコールランプで炙っていただく(3点盛り合わせ 1,200円)。
完全に実験気分! 奥に写っている「レッドチェダーチーズ アルコール炙りセット」(750円)も人気だ。
この他、アルコールランプは日本酒(久保田 千寿 900円)のお燗にも使う。
「試験管 赤+白ワイン8種飲み比べセット」(1,800円)はご覧のルックス。手前の小さなビーカーに注いで飲む。
ワイン通の野村さんが選び抜いた、お手頃価格でおいしいワインがずらりと並ぶ。
野村さんがワイン選びのほかにこだわっているのが、グラスの洗浄だ。
研究室でビーカーなどを洗うときと同じく、不純物の一切ないH2O100%の「純水」でグラスを洗っている。
「家庭用の洗剤で洗うと、どうしてもワインの味に影響を与えてしまうんです。しっかりしたグラスと、しっかりした洗浄で、おいしいワインを楽しんでください」(野村さん)
こちらが研究室で使っているものとまったく同じ、世界的メーカー、メルクミリポアの純水製造装置。
純水はソフトドリンクとして注文することもできるので、水割りなどに使うことも可能だ。
「理科室にあるようなアイテムもありますが、研究室にあるような高度な機材を揃えているのがウチの特徴なんです」(野村さん)
その最たる例がこちら。表のボードにも書いてあった「遺伝子占い」を行う装置だ。
綿棒で口の中から細胞を採取し、神経伝達物質のドーパミン(心のアクセル)とセロトニン(心のブレーキ)が伝わりやすい遺伝子のタイプかどうかを調べて、性格のタイプを判定する。
結果がわかるのは2営業日以降となる。「この種においては、たぶん世界最速で最安のサービスだと思います。全部僕が一人でやってますからね」(野村さん)
シメにぴったりなのが「無水カレー」(750円)。オリジナル配合の挽きたてスパイスを使用したチキンカレーだ。
現在は夏向けにトマト多めなのがうれしい。ちなみにライスをバゲットに変更して、おつまみにすることもできる。
「この店が理系の研究者同士の交流の場、あるいは理系の人と文系の人たちの架け橋になれれば」と野村さん。
「『INCUBATOR』という店の名前は、生物学の研究室で使う『細胞培養機』『孵卵器』のことだが、転じて起業を支援する人や仕組みも意味する。共通するイメージは“育む”こと。おもしろい人間関係を育める場所になればいいなと思います」
ちなみに理系の客と文系の客の割合は、だいたい6対4とのこと。
美味しいお酒と野村さんの巧みな理系トークで、文系の筆者でも十分に楽しむことができた。
理系好きの人はもちろん、理系が苦手だった人もぜひ訪れてほしいバーだ。
お店情報
science bar INCUBATOR
住所:東京都新宿区荒木町7 新駒ビル 1F
電話番号:03-5925-8832
営業時間:18:00~翌2:00
定休日:日曜・祝日
書いた人:大山くまお
ライター・編集。1972年名古屋市生まれ。著書に『野原ひろしの名言』『野原ひろしの超名言』(いずれも双葉社)、『名言力』(ソフトバンク新書)など。「日経DUAL」で子育ての名言、「LoGiRL」でアイドルの名言について連載中。中日ドラゴンズと酒と酒場が好き。写真は3歳の娘が撮ってくれました。
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