金融の新フロンティア、開くのはまたウォール街のあの女性か
2015/09/09 07:03 JST
(原文は「ブルームバーグ・マーケッツ」誌10月号に掲載)
【記者:John Detrixhe、Matthew Leising、Silla Brush】 (ブルームバーグ・ビジネス):6月の午後、マンハッタンにあるホテルのル・パーカー・メリディアンではサンドラー・オニール・アンド・パートナーズ主催の投資家会議が開かれていた。100人ほどの参加者らはリラックスして発表者の話を熱心に聞くでもなくおしゃべりも目立った。しかし次のゲストスピーカーが演壇に上がると、会場は静まり返った。
参加者はウォール街のベテランばかりで、ブライス・マスターズ氏を知らない者はいない。同氏は28歳でJPモルガン ・チェースのマネジングディレクターとなった女性。クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の設計に携わり、2007年のピーク時には想定元本で58兆ドル(現レートで約6970兆円)規模に達した市場に命を吹き込んだ仕掛け人だ。08年のサブプライム住宅ローン市場崩壊時のダメージを増幅させたとして、後に批判も浴びたが、これについては不当との指摘もある。14年にJPモルガンを去った同氏は今、CDSとは別の新しいものを広めようとしている。仮想通貨ビットコインを支える電子帳簿であるブロックチェーンだ。
マスターズ氏はニューヨークの新興テクノロジー企業、デジタル・アセット・ホールディングスの最高経営責任者(CEO)を務めている。同社は銀行や投資家など市場参加者がブロックチェーンの技術を使えるようにしてローンや債券、その他資産の取引を一変させるソフトウエアを開発しているという。マスターズ氏の読みが当たっていれば、同氏はまたも市場を変えるつむじ風を起こすことになる。
「この技術について、1990年代初めのインターネットの発展と同じくらい重要なものだと受け止めるべきだ」と、マスターズ氏(46)は聞き入る聴衆に向かって語った。「マネーの電子メールのようなものだ」という。
大胆な発言だが、ブロックチェーン活用の普及を信じているのは同氏だけではない。イングランド銀行(英中央銀行)は今年発表した報告で「金融のインターネットを目指す初の試み」とし、米セントルイス連銀は「天才的発想」と評価。世界経済フォーラム(WEF)は「ブロックチェーンプロトコルは金融サービスのほとんど全てのプロセスにおいて仲介者の存在を不要にする恐れがある」としている。
わずか数カ月で、ブロックチェーンという言葉はトレーディングフロアと銀行や証券会社の重役室にあまねく広がった。最近の金融関連の会議では討論会でもパーティーでもこの言葉が聞かれないことはない。時にはトイレですら話題になる。ロンドンで最近開かれたブロックチェーン関連の集まりでは主催者が、銀行の人はいますかと尋ねると参加者の半数以上が手を挙げた。
皆が知りたいのは、ブロックチェーンがただの流行なのか、それとも本当に証券取引処理のシステムを一変させるのかだ。シンジケートローンやデリバティブ(金融派生商品)の売買、国境を越えた資金の移動などは現在、売り手と買い手が電話などを使って交渉し合意した契約に基づいたバックオフィス(後方支援部門)プロセスを経なければならない。契約には弁護士も必要だ。シンジケートローンの売買で平均20日近くかかる。
マスターズ氏は、仲介者を通さないビットコインの売買を可能にしているブロックチェーン技術を使えば、全ての金融取引を簡便化できると考える。サンタンデール銀行のフィンテク(金融テクノロジー)投資ファンドのサンタンデール・イノベンチャーズが後援した6月のリポートは、ブロックチェーンが取引決済と規制対応、外国送金・決済のコストを最大で年間200億ドル低下させ得ると試算している。
「フロントエンドのシステムの取引は超高速で十億分の1秒が優劣を分けるのに、ウォール街のバックエンドは数十年前と基本的に一緒」と、マスターズ氏はマンハッタンの自社オフィスでのインタビューで語った。「報告や透明性、データ普及で企業に要求されるものは増えており、コストは上がる一方、収入は減っている。この技術が、これらの問題を解決する」と話した。
ブロックチェーンというソフトウエアコードがそれだけで金融を速く、透明に、効率的にできるのか疑問視する声もあるが、マスターズ氏は金融機関の幹部の考え方が変わってきているのを感じている。ピアツーピア(P2P)融資やモバイルバンキングなどの新しい業態が、ウォール街の幹部に自社の業務の見直しを迫っている。マスターズ氏はブロックチェーンがフィンテクの世界で最大の出来事になるかもしれないと考えている。
大学に行く前の1年間、ロンドンでJPモルガンのインターンをしたマスターズ氏は、20代の半ばにはニューヨークで同行のデリバティブチームで働いていた。貸し付け先のデフォルト(債務不履行)のリスクを銀行のバランスシートから取り除く仕組みをチームで設計し、それが「クレジット・デフォルト・スワップ」と呼ばれるようになった。20年余り前にこのクレジットデリバティブで金融の新領域を開拓した同氏は、もう一度フロンティアを開くつもりだ。マスターズ氏は英国人らしい控えめな表現で、「私はいつも、大きな意味を持ちそうなイノベーションを起こしたくなる」と話した。
原題:Blythe Masters Tells Banks the Blockchain Will Change Everything(抜粋)
記事に関する記者への問い合わせ先:ロンドン John Detrixhe jdetrixhe1@bloomberg.net;ニューヨーク Matthew Leising mleising@bloomberg.net;ワシントン Silla Brush sbrush@bloomberg.net
記事についてのエディターへの問い合わせ先: Nick Baker nbaker7@bloomberg.net; Jesse Westbrook jwestbrook1@bloomberg.net David Scheer, Paul Panckhurst
更新日時: 2015/09/09 07:03 JST