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戦後70年 中国に残った孤児の思い
9月4日 10時37分

戦後70年 中国に残った孤児の思い
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中国大陸には日本人孤児であることが判明しながら、自分の意志で中国に残って暮らしている人たちが今も200人余りいて、中には戦後70年の節目を迎え、みずからの波乱の人生を振り返ろうという人がいます。
北京に住む渡部宏一さん(80)は王林起という中国名を持つ中国残留日本人孤児で、1935年、山形県の農家に生まれました。5歳の時に、両親や兄弟とともに当時の満州、今の中国黒竜江省の「開拓村」に開拓団の一員として渡りましたが、終戦時、父親は現地召集され行方不明になり、母親はソ連兵に銃剣で刺されて亡くなりました。
路頭に迷い、幼くして死を覚悟した渡部さんに手を差し伸べてくれたのは、中国人の夫婦でした。渡部さんはこの養父母の愛情に包まれながら中国人の弟や妹の世話をし、国有企業の工場に就職してからも、懸命に働きました。
1972年の日中国交正常化以降、中国に残された日本人孤児たちの日本への永住帰国が進みましたが、渡部さんは脳梗塞を患った高齢の養母や、弟や妹を残して日本に戻る気持ちになれず、中国に残る決断をしました。
渡部さんは今、80歳という高齢になり、自分の波乱の人生を見つめ直したいと、ことしの夏、戦後70年で初めて、黒竜江省にある、かつて開拓村があった場所を訪れました。牡丹江市から車で2時間のところに、かつて渡部さん一家が暮らした開拓村があった場所がありました。一面に広がるトウモロコシ畑に小高い丘は当時の面影のままでしたが、今は主に戦後、移り住んできた中国の人たちが暮らしています。渡部さんはトウモロコシ畑を見つめながら「ここは本来、私たち日本人が来るべきではなかった。でも、中国の大地と人々が私を生かし、育ててくれた。中国と日本が永遠に平和で、二度と戦争をしない世の中になることを心から願っています」と語りました。
渡部さんは今、自分の人生を中国語で1冊の本にまとめようとしていて、すでに10万字、200ページを書き上げ、この秋にも中国で出版される予定です。

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