60年代の「運用常識」に騙されるな
東日本大震災のしばらく後のことだった。近所の鰻屋さんの主人の表情が暗い。問わず語りの身の上話を聞くと、老後の生活資金の大半を「配当が良くて、堅い会社の株式にしておこう」と思って、東京電力の株式に投入したのだという。
しかし、福島第一原発の事故で、東電の株価が大きく下げたのは、読者もご存じの通りだ。投資した株は暴落し、一方、店で仕入れる鰻の価格は急騰したのだから、気の毒なことだった。数ヵ月後に、その店は閉店した。
別の話。ある女性アナウンサーのお母さんが退職して、某信託銀行(たぶん退職金が振り込まれた銀行だろう)で毎月分配型の投資信託を勧められて、退職金をほぼ丸ごとこの商品に投資した。
米国のハイイールド債(高利回りだが信用リスクの高い債券)に投資して通貨リスクをブラジル・レアルに切り替えるタイプの当時売れ筋だったファンド(投資信託)だが、株価指数並みの元本変動があって、大きく(数百万円)損をしており、どうアドバイスしたらいいか、相談された。
お母様に、分配金は毎月定額入ってくるけれども、元本が大きく減っていることを指摘すると、「私は、毎月お金が入ってくるから、これに満足している。元本の価格変動については、銀行の人から『長期投資なので、価格変動には一喜一憂しなくていい』と言われている」との答えが返ってきたそうだ(即刻解約して、他の金融機関にお金を移すようアドバイスした)。
東京電力株の話は、株式投資には絶対は無いので、「堅い会社」や「絶対大丈夫な会社」などというものがあると思わず、分散投資することが大事だという教訓だ。
毎月分配型の投資信託については、今や、リスクを取ってこれを分配金に換える商品設計が可能であり、「安定した分配金」をもって低リスクだと考えてはならないことが第一の教訓だ。
第二の教訓は、投資家、特に高齢な投資家が分配金に引っ掛かり易いことを、金融機関側は利用して悪い商品(少なくとも投資家にとって得でない商品)を売っていることに注意せよということだ。
半世紀くらい前で言う「金利生活者」のイメージだろうか。利息、配当、分配金など投資対象から定期的に支払われる現金収入による利得を「インカムゲイン」と呼ぶが、高齢者の運用は、「キャピタルゲイン」(株式、投資信託などの値上がり益のこと)を狙う運用ではなく、インカムゲインを獲得することを目指す運用が健全だと考える通念が広く流布している。
例えば、バートン・マルキール『ウォール街のランダム・ウォーカー』(井手正介訳、日本経済新聞社)は学者が書いた優れた投資の啓蒙書だが、「55歳までには定年に備えた生活設計にとりかかり、利子・配当を中心にしたポートフォリオに切り替えるべきだ」(訳書417ページ)といった記述がある。FP(ファイナンシャル・プランナー)も同様の内容をアドバイスする場合が少なくないようだ。
また、確定拠出年金向けの「ライフサイクル・ファンド」などと称する商品でも、投資家が高齢になると債券比率を高めるような運用に移行するものが多い。率直に言って、運用の世界では多数派に属する「常識」だ。
しかし、投資信託では、元本に負わせるリスクを大きくして、インカムゲインを大きく見せる商品設計が何通りも可能だし、金融工学を使ったデリバティブ(派生)商品(仕組み債券、仕組み預金、など)では、インカムゲインとキャピタルゲイン(キャピタルロス)を自在に入れ替えるができ、リスクを取ってインカムゲインに換えることもできる。
そして、前述の古い常識と現在の金融技術のギャップが、金融業界が顧客を「釣る」上で大規模に悪用されているのが現状だ。
国内の預金と(普通の)債券と株式くらいしか一般的な投資対象が無かった、せいぜい新しくても1960年代位までの米国でできた「運用常識」は、大いに疑うべきであり、新しいバージョンのものに書き替える必要がある。
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