誰もが頭を垂れた「日本のいちばん長い日」から70年が過ぎた。戦争の主役たちの末裔は、先祖の「運命と罪」にどう向き合ってきたのか。歴史の証言者たちが重い口を開いた。
過酷な差別・イジメも
戦後70年目の夏。国会では、安倍首相が安保関連の法整備を強行し、半世紀以上続いたこの国の「かたち」に、大きな改変を加えようとしている。日本が大きな曲がり角に立っている今、先の大戦で戦犯として裁かれた人々の末裔は、どんな思いでこの暑い夏を迎えているのか。
「私は東條英機の曾孫に当たります。祖父は英隆、父は英勝。東條家では代々、長男の名に英という字をつけるのです」
こう語るのは現在、国際教養振興協会で代表理事を務める東條英利氏(42歳)だ。自身が、太平洋戦争開戦時に首相兼陸軍大臣だった東條英機の末裔であることを意識したのは小学4年生の頃だったという。
「東京裁判に関するドキュメンタリー映画が公開され、母と見に行ったんです。そこで『あれがひいお爺ちゃまよ』と言われたのがきっかけです。
それから小学校の先生にも、くり返し『東條英機の曾孫』だと指摘された。本当かどうかはわかりませんが、『先生はお前のひい爺さんと知り合いだった。自分は特攻で飛行機に乗ったが、途中で墜落して泳いで帰ってきた』というようなことも言われましたね」
学校で歴史を学ぶ前から「戦犯の曾孫」というレッテルを貼られ、コンプレックスを感じていただろうことは想像に難くない。
「イジメや差別ということでは、祖父や父の世代はずっと過酷だったと聞きます。祖父はどこの会社にも雇ってもらえず、祖母の内職で食いつなぐしかなく、経済的にも苦しかった。父の場合は小学校の先生が担任を引き受けたがらなくて、クラスが決まらなかったそうです。一人だけ授業が受けられず、校庭の登り棒に登って2階の教室の中を眺めていたこともあったといいます。
父は幼少期、短気で気の強いところがあったそうですが、私が30歳を過ぎて一緒に晩酌をしていたときに、突然涙を流したことがありました。そのとき幼い頃から東條英機の孫ということで背負ってきたものの重さはいかほどであったかと実感しました。
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