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 朝日新聞秋田版などで連載「再思三考」を続ける100歳のジャーナリストむのたけじさんが発行していた週刊新聞「たいまつ」が、郷里の秋田県横手市立横手図書館でデジタル化して保存されることになった。戦後を代表する知識人らが愛読した30年間の780号。来年度から自由に閲覧できる予定だ。

 むのさんは1945年の終戦の日、記者としての戦争責任をとると朝日新聞社を退社。48年、横手市に戻り、2月に「たいまつ」を発刊。「自分の身を焼いて暗闇を照らすたいまつに、みんながなれるような新聞」を目指して命名した。

 創刊号で「東北に光りの射(さ)す道は、冬というものが重い負担にならない生活をつくることだ」として、雪国ならではの産業創造を提案。「青い山脈」などで流行作家になっていた旧制横手中の恩師石坂洋次郎が「東北の人々へ」という原稿を寄稿し、社会主義運動家の佐野学は「誰が如何(いか)にして生産を建てなおすか」という論文を寄せ、大きな話題を呼んだ。

 それ以来、連合赤軍事件や三島由紀夫の割腹自殺事件、成田空港建設反対闘争、沖縄基地問題などのあらゆる社会問題を地方から見つめて書き続けた。

 新聞はA3判で、特集をのぞき裏表2ページ。近隣は家族で配達し、遠方は郵送した。発行部数は2千部で、当時の日本を代表する知識人の羽仁五郎や家永三郎、鶴見俊輔、竹内好、木村伊兵衛、岡村昭彦、色川大吉らが愛読者だった。

 78年1月30日の780号まで発行して中断。「30年続けてきて、現実に日本社会を変える力が欠けているのではないかという疑問が高まった」として、781号の原稿を印刷所に届けなかった。それ以降休刊となったが、復刊の気持ちは持ち続けているという。

 大手出版社から「たいまつ」を一冊の本にして出版したいという話が来たが、断った。「旧著としてではなく、現在を考える素材として受け止めてほしかった」との考えからで、デジタル化は「自分の気持ちに添うもの」として応じたという。

 むのさんから全号を借り受けた横手図書館では来年4月から一般閲覧できるようにする。同図書館は「記事はもとより、市内の商店が出している広告など市史編纂(へんさん)にも大変役立つ資料だ」と喜んでいる。(木瀬公二)