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震災から4年5か月 原発避難区域で家族を捜索8月11日 18時22分
東日本大震災の発生から4年5か月となる月命日の11日、原発事故で町の全域が避難区域となっている福島県双葉町では、今も行方不明となっている家族を捜すため、自宅があった場所に戻って捜索に当たる人の姿が見られました。
東京電力福島第一原子力発電所がある双葉町で暮らしていた志賀一郎さん(68)は、震災による津波で自宅が流され、今も妻のさち子さん(当時63)と生後4か月だった孫の仁美ちゃんの行方が分かっていません。
2人を捜し続けている志賀さんは、11日も宮城県名取市の避難先から1人で自宅の跡地周辺を訪れ、捜索にあたる警察官と一緒にスコップを握って、手がかりが残ってないか、土を掘り返していました。
原発事故による避難区域は放射線の影響で立ち入りが制限され、行方不明者の捜索の大きな妨げになっています。
11日も2人の発見につながる手がかりは見つからず、志賀さんは、自宅近くで花を手向け、祈りを捧ささげていました。
志賀さんは、「原発事故の影響で2人の捜索を毎日できないことが情けない。『早く帰って来い』、それだけです」と話していました。
一方、月命日の11日、鹿児島県にある川内原子力発電所1号機が再稼働したことについて、志賀さんは「私みたいな運命を鹿児島の人たちに経験してほしくない。予想外のことは起きる。『必ず安全』ということはないと、分かってもらいたい」と話していました。
2人を捜し続けている志賀さんは、11日も宮城県名取市の避難先から1人で自宅の跡地周辺を訪れ、捜索にあたる警察官と一緒にスコップを握って、手がかりが残ってないか、土を掘り返していました。
原発事故による避難区域は放射線の影響で立ち入りが制限され、行方不明者の捜索の大きな妨げになっています。
11日も2人の発見につながる手がかりは見つからず、志賀さんは、自宅近くで花を手向け、祈りを捧ささげていました。
志賀さんは、「原発事故の影響で2人の捜索を毎日できないことが情けない。『早く帰って来い』、それだけです」と話していました。
一方、月命日の11日、鹿児島県にある川内原子力発電所1号機が再稼働したことについて、志賀さんは「私みたいな運命を鹿児島の人たちに経験してほしくない。予想外のことは起きる。『必ず安全』ということはないと、分かってもらいたい」と話していました。