エベレスト山の北側のチベットにベースキャンプを置いた登山家たちは、3つのタイムゾーンを使い分ける。まず中国の標準時である北京時間だ。中国は東西に5200キロの幅があるが、米国やロシアのように複数の標準時を設けなかった。1949年の建国当時に「天下統一」を掲げたからにほかならない。名分の裏には「時差を設ければ、分裂の種になりかねない」という政治的論理があった。国土の西端にあるチベットでは標準時と実際の生活には3時間ほどのずれがあるため、隣接するネパールの時間に合わせて暮らしている。
登山家が受け取る気象情報はグリニッジ標準時(GMT)で記載されている。その上、ネパール時間はGMTより5時間45分早いため、余計混乱する。世界各地の標準時の大半の分針が毎正時を刻むとき、ネパールだけは45分を指していることになる。1884年の万国測地会議ではグリニッジ天文台を通過する経線を「本初子午線」として定め、経度が15度ずれるごとに1時間の時差を置いた。領土の中間線などを基準として30分単位の時差を設けている国は10カ国程度ある。インド、イラン、アフガニスタン、ミャンマーがそうだ。
ネパールは1956年に「インドの属国ではない」として、標準時を早め、45分という時差が生まれた。2007年にベネズエラの独裁者、チャベス大統領も政治的な理由で標準時を30分遅らせた。そして、「1時間単位の標準時は労働者を搾取する資本主義のわなだ」と語った。米国と同じ時間帯を使いたくないという反米ジェスチャーだという批判が相次ぐと、チャベス大統領は「狂ったと言われても構わない」と開き直った。
北朝鮮が光復(植民地支配開放)70年に合わせ、15日に標準時を30分遅らせると発表した。日本を通る東経135度線ではなく、韓半島(朝鮮半島)の中央を過ぎる127.5度を基準にした。韓国の標準時基準は朝鮮王朝末期に127.5度とされたが、日帝(日本帝国主義)支配期に135度に変更された。その後、1954年に127.5度に修正され、61年に再び135度に戻された。それを昔に戻そうという話もないわけではないが、50年以上に及ぶ国際的慣例を破るにはコストや代価があまりに大きい。
インドネシアは2007年に国内の時差をなくし、中国、シンガポールと時間を統一した(編注:原文ママ)。サモアは日付変更線の東側から西側に移った。周辺国との貿易を促進するためだ。韓国のように標準時の基準線が国外にある国もドイツ、フランスなど16カ国ある。英国より西にあるスペインが東欧を含む欧州の大半と同じ時間帯を使うのも経済的理由が大きい。北朝鮮は日帝が奪った標準時を取り戻すものだと説明した。閉鎖体制だとはいっても、あえて実利を捨て、世の中に逆行している。ついに韓国と南北で時差まで生じるというのだから気が重い。