2012年の9月ごろ、京大の望月新一氏が、ABC予想を証明するに至った論文を公開し、話題になりました。
“現代の数学に未解明のまま残された問題のうち、「最も重要」とも言われる整数の理論「ABC予想」を 証明する論文を、望月新一京都大教授(43)が18日までにインターネット上で公開した。整数論の代表的難問であり、解決に約350年かかった「フェルマーの最終定理」も、この予想を使えば一気に証明できてしまうことから、欧米のメディアも「驚異的な偉業になるだろう」と興奮気味に伝えている。”
西日本新聞 2012年9月18日
当時から、論文があまりに難解であり、証明が正しいかどうかの判断(検証)には少なくとも1年以上かかると言われていました。
さて、あれから2年と数カ月の月日がたった今、検証は進んだのでしょうか。
望月研究室のホームページを確認してみると、昨年の暮れ、クリスマスのその日に進捗状況の報告書がアップロードされていました。そこに書かれていたことがなかなか面白かったのですが、関連活動などについても合わせて報告されていたため、結局解けたのかという部分に絞って、その内容をご紹介いたします。
そもそも、望月氏は何を行ったのか?
…とはいうものの、彼は何を成し遂げたのでしょうか?その部分をお話ししないと、報告の内容もよく分からないものになってしまうため、簡単にこれまでの動きをまとめさせていただくと…
まず、宇宙際タイヒミューラー理論 (INTER-UNIVERSAL TEICHMULLER THEORY)(以下、IUteich) と題された論文を発表。
…あれ、ABC予想じゃなかったの?と思われるかもしれませんが、望月氏は、このいかつい名前の理論を発表し、その理論を通じて3つの数学上の難題、ABC予想、スピロ予想、ヴォイタ予想の一部(双曲線の場合)を解くことができるとの主張を行いました。
しかし、この論文は、宇宙際タイヒミューラー理論Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ,Ⅳと4つの連続する論文に及ぶ上、関連する「準備の論文」を含めると、1500~2500ページにもわたるため、検証には時間がかかると言われていたのでした。
その後、いくつかの指摘などを受け、修正を行い、進捗報告を行ったのが、昨年末だということです。では、進捗報告の内容を見ていきましょう。
- 検証は終了しているが、念のため「理論はまだ検証中である」という看板は、2010年代の後半ごろまでは降ろさずに置く
報告書の中で、氏は、実質的な数学的な側面においては、事実上完了していると宣言されています。しかし、理論の重要性や手法の新規性に配慮し、慎重を期した判断を行うという選択をしたようです。ただし、慎重を期すといっても、20年も30年も検証中ですとは言えないため、当初の口頭での発表タイミングである、2010年10月の講演から10年以内の検証完了宣言を目指すというスタンスをとっています。 - 著名な研究者が理論の成否に関する決定的な発表を行うのが、検証終了には一番だけど、いつまでたっても実現しなさそう。
これは次のようなロジックで説明されています。
- 一定以上の研究業績のある研究者は、学生などが行う基礎から順番に学習していくという論文の読み方を避け、自らの経験や専門知識との照合を行う、「つまみ食い」的な読み方を行う
- だが、今回の理論(IUTeich)を理解するためには、基礎知識として「絶対遠アーベル幾何」、「エタール・テール関数の剛性性質」、「Hodge-Arakelov理論」などに関する理解が必要
- しかし、これらのテーマに精通する研究者は、望月氏を除いてこの世に存在しない
- 結果、「つまみ食い」的なアプローチでは、理論に関する決定的な発表は成し得ない。
つまり、誰かが、きちんと学習した上で、検証を行わなければならないが、そのための学習にまず時間を要するということのようです。
- 今後は、「検証」活動から「普及」活動へ
以上のような状況を踏まえると、まず、理論自体の普及を行い、理論について建設的な議論が行われうる状況を作り出すことが、第一に重要である望月氏は結論づけています。
残念ながら、現状では、IUTeichの研究が即座に、数学者としてのキャリアに繋がるものではないという認識、これまでの数学界における各種理論との相違が甚だしく、新しく研究を始めることへのハードルが高いという状況を抱えているようです。望月氏の言葉を借りれば、“研究者が以前から脳に取り入れ,長年にわたり固定したまま空気のように当たり前に常用している様々な思考回路を一旦解除し、原始的な論理思考のみを頼りに基礎に立ち返って物事を考える姿勢を徹底する”ことが求められるようです。
このあたりが、2010年代の検証完了宣言を目指すという、今後のプロセスとしても時間を要する要因でしょうか。私も、新しい考えや理論に対してそのような姿勢を徹底したいものです。
最後に
望月氏は、報告書の中で、私のような素人にとっても、興味深い発言をしています。
“IUTeichの数論幾何全体の中での「立ち位置」は純粋数学の人間社会全体の中での「立ち位置」”
数論幾何全体の中でも、特殊な位置づけにあるIUTeichの位置づけを、我々の生きる人間社会の中での純粋数学(私も含めて多くの人にとって理解できない)と比較し、前者の研究が、後者の理解を深める意味でも、有意義であると語られています。
私には、IUTeich自体は難しすぎるかもしれませんが、純粋数学というものがどんな役割をこの社会で負っているのか理解する上でも研究が進むことを期待しています。
報告書だけでも面白いので、ぜひ読んでみてください。
参考:
-宇宙際タイヒミュラー理論の検証:進捗状況の報告(2014年12月現在)
http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/IUTeich%20Kenshou%20Houkoku%202014-12.pdf
-ABC予想について(理数系から離れた人向けに分かりやすく解説されています。)
http://yato.main.jp/koneta/ABC_conjecture.pdf