Perfumeをはじめとする数々のコリオグラフでお茶の間でもおなじみ、“MIKIKO先生”こと演出振付家・MIKIKOと、盟友であるダンサー / コリオグラファー・Tomomi Yoshimuraが、ダンスカンパニー“
eleven play”(イレブンプレイ)をスタート!現在は14人の女性で構成されている同カンパニーが、2011年1月のレセプション公演に続いて初の公演「dot.」を同11月11日より2日間、東京 ラフォーレミュージアム原宿にて敢行。照明デザインに
dumb typeの
藤本隆行、テクニカル・サポートに鬼才集団“
rhizomatiks”(ライゾマティクス)を率いる真鍋大度、真鍋氏とは“
4nchor5 La6”(アンカーズラボ)でも行動を共にする石橋 素、そして
比嘉 了と、日本を代表する異能揃いがテクニカルを固め、映像に関 和亮、音楽担当に飯塚啓介 aka KSKとPerfumeクルーも参戦。エッジィでありながらポップを実現した特異なダンス・インスタレーションとなりました。彼女たちはこれから一体どこへ向かってゆくのでしょう?ほっとするお人柄に情熱を湛えた佇まいが素敵なMIKIKO先生に、eleven playについて語っていただきました。

MIKIKO先生
――eleven palyを結成しようと思ったきっかけは何だったんですか?
「ずっと地元の広島と東京を行き来をしながら、自分のスタイルを踊れる子を広島で育てたりしてたんですけど、2005年から2007年までNYに行っていて。日本に帰ってきて、完全に東京を拠点とすることになった時に、自分が本当に伝えたい動きをきちんと踊ってくれて、考え方も分かってくれる仲間が欲しかったんです。その都度プロのダンサーにお願いして、毎回違うメンツとやるっていうのはちょっと限界があるなと思ったから。個人的に“良いな”と思った人を選んで声を掛けて、思いを語って、共感してくれるダンサーとカンパニーを作ったんです」
――その、語った思いというのは……。
「インスタントなものだけじゃなくって、きちんと残していける作品を作るということを私はやっていきたい。それには時間もかかるし、まだやったことがない挑戦だから手探りだけども、成功したら楽しいことになると思うから、一緒にやってみませんか?という内容ですね。みんなすぐにやりたいって言ってくれて。どうしてもまだまだバイトしながらダンスをするという子も中にはも多くて、そういう子たちには、しっかりした“基地”的な場所があったほうが、たとえすぐにお金にはならなくても精神的に充実して過ごせるのかな、という気持ちもありました」
――サロン的な意味合いというか。
「そうですね」
――MIKIKO先生が“作品”として作っていきたいもののヴィジョンというのは、どういったものなのでしょう。
「普段は、例えばアーティストの楽曲、CMとか、クライアントありきの仕事で、その中に自分の“味”みたいなものをどう入れていくか、という作業なんです。それはそれで楽しんでやらせて頂いているんですが、そうじゃなくて、前面に自分のやりたいこと、“今の自分はこうです”っていうものもきちんと作品として残したくて。それは自分に対しての確認作業でもあったりするんですよね。両方やっていないと自分的にバランスが取れなくなっちゃうから」
――MIKIKO先生は、クライアント仕事でもご自身の“味”が強く出ているほうではありますよね。
「うーん、かと言って無理に個性を“出さなきゃ”っていうのも違うし」
――そうですね、もっと自由に、っていうところですね。
「はい」
――作品を作るにあたって、ご自身も踊れるわけですから、自分のダンスで何かを作ろうというお気持ちはなかったんですか?
「NYに行く前に、自分が前に出て踊るのは完全に止めたんです」
――そうだったんですか……。
「うふふ(笑)。そうなんです」
――それはまたどうして?
「何に自分が一番興味を持てて、興奮できるかって考えたら、人が踊っているのをディレクションしたり、振り付けたりするほうが楽しくて。今も振り付けをするにあたって相手に正しい形、ニュアンスを教えられるようにトレーニングはしていて、生徒の前やデモビデオでは踊ってるんですけど、もうそこまで。それを誰かの身体に移して、自分は客観的に見ていたい、っていうのがすごくはっきりした時期があったんですよね」
――その時期、何かあったんでしょうか。
「25〜6の時ですけど、なんとなくそっち側に行きたいかな、っていう気持ちはあったんです。でも自分はこう踊りたいなっていうヴィジョンっていうのがまだはっきりあって、だけど環境的には指導する側に回らないといけなくて、明らかに自分の事だけに時間をさけていないとう焦りがあったんですよね。あるときそれが全然なくなった瞬間があって。みんながキラキラしてる方が嬉しいって。あまり自分の感情を自覚出来る方じゃないんですが、“あ、明らかに私興奮してる”って確信したんですよ(笑)。そう思える事に出会えた事を大事にしたいと思ったのも大きいですね」
――その変化は何でしょうね。
「何でしょうね(笑)。単純にプレイヤーより、クリエイターとしている自分の方がたぶん居心地が良いんだと思います」
――作っていきたい作品の、固まったコンセプトのようなものはあるんですか?
「うーん、固まって何か持たない方が良いかな、っていうところもあるんですけど」
――作品ごとに、という感じで。
「うんうん、そうですね。でも自然と、“女の人”を描くことになっているような気はします。昔から。自分が女性なのもあるけど、女性ならではの喜怒哀楽、みたいな部分が見てておもしろいなあって思うことがよくあって。切羽詰った時に恥ずかしいくらい乱れるとか(笑)、自信が無いときほどおしゃべりになるとか、ちょっとした目の動きとか(笑)。すごいマニアックな部分なんですけど。そういうちょっとした部分を研究するのがおもしろくて。Perfumeの振り付けをしているときって、男の子の視点で振付けてるところがあるんですね。自分が男の人で、3人のことを好きだったらこう踊ってほしい、ほしくないって風に。そういう、引いたところから女性を描きたいっていうのは常にありますね」
――個人的な話になってしまうのですが、“男らしさ”だとか“女らしさ”というものは、漠然としていて、信用できない、怪しいものだと僕は思っているんです。今回のインスタレーションは、そういう漠然としたものを茶化している感じが出ている気がしました。
「うん、変な意味じゃなくて、“女の子だから”とかってことを、ちょっと馬鹿にしてるというか、そうしていたいところもあって。それはダンスに対しても同じように思っていて。“ダンスってちょっとかっこ悪いもの”って思ってる部分があるんですよ(笑)。“ダンスはかっこいい”っていうことが、誰にとってもの当たり前じゃないと思ってるから、ダンサーの視点ではなくて、普通の人が見て受け入れられるものでいたいっていう気持ちとちょっと似ているんです。常にフラットな状態で見ていたいというか。“女性らしさ”を表現したいからって女性を高い位置に置きたいとか、女性と男性で分けたいんじゃなくて、なんかちょっと、そう言っていること自体を否定したいというか」
――片方のダンサーがいかにも“男らしい”動きをしていて、男女の対比を強く感じさせるシーケンスがありましたが、それもあえてそういう風しているんですね。
「そうですね。もう片方の人はバレエの基礎の動きに敢えてクセを付けて踊っていて」
――これまでにもダンス・インスタレーションは行っていらっしゃったと思うのですが、以前はどんなスタイルでやられていたのでしょうか。
「前はもうちょっと、“舞台”っぽいものでした。劇場をいかに劇場に感じさせない様にするかを考えていました。なので、今回の様に空間をそのものを使って、というようなことではなかったから、今回は初挑戦でした」
――今回は3方向から観る、ということを前提に作られたんですか?
「あそこ(ラフォーレ・ミュージアム)はどうにでもステージが組めるんです。だから何か制限を作った方がおもしろいなと思っていたので、3方向に作りました。それから、本当はステージ側を高くしてお客さんが見上げるほうが色んな便は良かったんですけど、あえて逆にして、ダンサーがゼロの地点にいて、プラスの地点にお客さんがいるようにしてみました。“ちょっと作り難いほうが燃えるね!”みたいな話になって(笑)」
――今回のインスタレーションを作るにあたって、具体的にどういうことから始められたのでしょう。
「この1つ前に、eleven playのレセプション、お披露目みたいなものをやったときは、相方のTomo(Tomomi Yoshimura)と、それぞれ“じゃあ私はこの曲作るね”ってバラバラに作ったものを10個集めたオムニバスっぽい感じだったんです。カンパニーを始めたばかりだったし、私の動きが得意な子も、彼女の動きが得意な子もまだ別れていたからそういう作り方をしたんです。それはそれで良かったんだけど、今回はそういう境界線を作らずちょっと違う風にしたいな、っていうのはお互い思っていたので、まずきちんとテーマを決めていくところから始めて。とにかく作る前の話し合いが長かったですね」
――その話し合いっていうのは、テクニカルの皆さんも交えて、ということですよね?
「先に2ヶ月間、私とTomoでダンスを作って、テクニカルの方には最後の1ヶ月で入ってもらった感じです」
――最後の1ヶ月でああいった形になるんですか……。
「すごい追い込み方でした(笑)」
――映像とのリンクであるとか、照明との絡みなんて、最初から一緒に作られているんだと思ってました。
「最初の2ヶ月中に、台本の中で、“ここで映像入る”とかっていう文章は送ってたんですけど、実際見てもらわないとたぶんピンとこないだろうと思って、まずダンサーが1ヶ月前には通しで踊れるようになっている段階でビデオを録って共有して、それぞれの分担を、そこから更に決めていった感じです。あの箱、キューブが光るやつとかは、初めは自分たちで段ボールで作ってたんですよ。“光ったら最高だけど、そんなお願いできないよね” って(笑)。“しかもたぶんお金かかるよね”みたいな感じで(笑)。とにかくキューブっていうテーマだけを決めてリハーサルもしていて、本番もそうなると思ってたんだけど、通しを見た後真鍋大度さんが“あれは光らせたいね”っていうことになって、光らせてもらいました(笑)」
――キューブの光り方も、動作や時間で色が変わったりして。1ヶ月でできるものなんですか……。
「もう、すごい追い込みでした。最後の1週間は記憶がありません(笑)。振りを見ながら、ここで“脱ぐ / 脱がない”みたいなキーを打ち込むんですよ、私そういうの慣れてないのに。7人出ていたら7パターン打ち込んで、それを無線で変換してもらう。で色のパターンは大度さんが考えて、石橋さんがきちんとその色が出るようにデバイスを作って、っていうなんかややこしい作業を(笑)」
――“デバイスを作る” とかっていうのも1ヶ月でできるわけですよね。異常ですね。
「異常ですね、試作品はお願いしてから2、3日で出来てきて驚きました」
――映像や照明とのリンクは、リアルタイムでやられていたんですか?
「リアルタイムでやっているところと、押せば映像が流れるようにソフトを書いてもらったところと、2パターンでやっていて。でも全部成功する回と、一部成功しない回がありましたね。電波の状況なのか、私もよく分からない世界なんですけど、そういった意味でも挑戦的なところは多かったです。」
――キューブを覗くとスクリーンに顔が映るのはどっちなんですか?
「あれは録ったものです。リアルタイムに見えました?」
――はい。ずっとそうだと思ってました。
「あー!良かったです!」
――逆に、明らかにそうしているというもの以外は、ほとんどリアルタイムに見えましたよ。
「関さんもインタラクティヴなことに理解があるから、リアルタイムに見せるような方法も考えながら撮影してくれたところもあると思います」
――シンメトリックに配置された女の子が何やら言い合ってるインタルード的な場面、あれは一体何を喋っているんですか?
「あれは、この本編を通じて伝えたいメッセージみたいなことを全部喋ってるんです。私が日本語で書いたものをフランス語に訳して、それをワザと日本語読みにして、親友の
Wyolicaのヴォーカルの
azumiちゃんに“アホっぽく喋って”ってお願いして(笑)。それを更に、啓介さんがちょっとヴォコーダーっぽく加工してくれてああなったんです」
――全然何言ってるのか分かりませんでした。
「ですよね、良かったです(笑)」
――何語ともつかぬ不思議な感じで。言葉の掛け合い、動きの掛け合いと相まって、あそこだけずっと見ていても飽きない感じでした。
「でもあれは本当に最後まで悩んだところで。最初、日本語の台詞を逆から読むっていうのも作ってみたんですよ。“こんにちは”だったら“はちにんこ”みたいな。それがちょっと聞き心地が良くなくて……。元々 “フランス語”みたいなイメージがあったから、結局ああなりました。あと最後のリハーサルまで、割とキーワードになるような“あっ、なるほどね、この作品はこれが言いたかったのね”っていう言葉を、最後のシーンで日本語字幕で出してたんですよ。映像も作ってもらってたんだけど、“それを出してしまったら冷める”っていう意見と、“出さないと意味が分からないから出したい”っていう2パターンに意見が分かれて。結局ギリギリまで悩んで出さない事にしたんです。“観た人が持って帰る楽しみとして、出さないほうが良い”っていう意見に私がなるほどねって思ったからなんですけど」
――で、その字幕には何て書いてあったんですか?気になります。
「うふふ、内緒です。(笑)」
――ダンスで十分伝わってるから、そのほうが良いのかもしれませんね。
「それをお客さんが完全には分からなくても良いけど、自分たちははっきりとしたテーマを持って作っていれば何かしら伝わると思っていたので」
――先ほどフランス語みたいなイメージ、っておっしゃっていましたが、何故フランスなんですか?
「私もよくフランス語のこと知らないんですけど(笑)、アクセントがない感じというか、東北弁っぽいというか。アンニュイな柔らかい感じが出したくて」
――冒頭のシーケンスが、“現代版フレンチカンカン”みたいに思えたのですが、それとも関係があるんでしょうか。
「あー。元々古い映画が好きで、『キャバレー』のダンス・シーンみたいな、古いけどおしゃれな感じとか。でも自分がやってたジャンルとは全然違うから、それを絶妙にミックス出来たら良いな、って多分どっかで昔から思ってるとこがあって、ああいう作品になったんだと思うんですけど」
――所謂キャバレーのダンスって、たぶん当時も、男性の観客が多い中で女の子が踊るっていうものだったと思うんですけど、女の子の“見せるパワー”みたいなものがあると思うんです。そういうものを持ち込みたいのかな、って観ているときは思ったんですけど。
「以前はもっと“見せつける”みたいな感じで振付けていたところがあった気がするんですけで、今回は女の子同士がぺちゃくちゃおしゃべりしているパワーを客観的に覗き見している様に描けたらなと思って振付けました。」
――あと“たくさんの女の子”っていうところにも共通点があると思って。女の子がいっぱいいる、という構図にはこだわりがあるんですか?
「eleven playっていうカンパニーの名前だから、本当は11人にしようっていうところから始まったんですけど、それぞれの子の良さであったり、色々外せない個性がそれぞれにあって今回は14人の構成になりました。大人数にこだわってる訳ではないんですけど、こうなってしまった、っていうところで(笑)」
――カンパニーの名前が先にあって、11人にしようということになったんですか?
「eleven playって元々、私がそれこそすごい踊ってる頃、Tomoも一緒に4人のダンサーでチームを組んで活動していたときがあって、そのときにつけてた名前が“イレブンプレイ”だったんです。全員、誕生日に“11”が付くっていうことで。その名前いいなってずっと思ってたんです。そしたら偶然Tomoの3歳になる息子も8月11日で私と全く同じ誕生日だったりして“また11だね”っていうことになって、やたら“11”にこだわるようにしようということで、今回カンパニーを作るときに使うことになったんです。なので最初の公演も2011年の11月11日にどうしてもやりたいってお願いして」
――そんな素敵な由来があったんですね。女の子がたくさんいるのはてっきり、昨今のアイドルブームでよく見受けられる “とりあえず女の子がたくさん踊ってればオッケー”みたいな風潮へのアンチテーゼなのかと思ってたんです(笑)。集めたダンサーをしっかり育てることで。
「ああ……。じゃあそう書いておいてください(笑)。あ、でも、大人数だとダンサーの場合“発表会”っぽくなっちゃうから、そこはとにかく避けるように気を付けて作っていました。なので1人1人にはすごく厳しく、1対1で面接したりしながらやってました。1人1人を見られても大丈夫なように。とにかくアマチュアっぽくならないようにというか」
――1人1人が確立された上でのフォーメーションというか。
「うん。それこそ“センター争い”みたいなものはないですね(笑)」
――そういう理想的な人間関係みたいなものも公演から感じることができて。参加している面々それぞれがお互いに寄りかかり過ぎていない感じが自然に出ていると思いました。
「そうですね、女の子だけだけど、揉めることもなく。それぞれ自立して自分の役割を分かってやっている、みたいな感じもあって。気持ち良い団体にはなったなと思います」
――ダンサー以外のチームを含め、そういった雰囲気が心地良い公演でした。衣装も素敵でしたけど、作られているのはどんな方なんですか?
「衣装を全部作ってくれたYae-ponは、広島から10年来一緒にやってる子なんです。彼女はずっと広島にいたんですけど、30歳になったのを機に東京へ出てきて、私が何かやるときは衣装を作りたいって言ってくれていて。すごく技術がある子なので、上京後はPerfumeのライヴに付いて衣装を作ったり、それ以外の現場でもひっぱりだこみたいです。私と同じ色を見られる子で、“青が良いよね”って言ったときに、感じる青が一緒。だから今回も、1回通しを見てもらって、あとは雑誌とかを見ながら“こういう感じ”っていうのを1回説明して、それ以外はほぼおまかせでした」
――なるほど。rhizomatiksの皆さんも以前から一緒にやられていた訳ですし、才能ある仲間が集まっていて良いですね。
「そうですね(笑)。楽しかったです」
――藤本さんとはどういう風に知り合われたのですか?
「
“true”っていうダンスの公演(藤本氏がディレクションを手がけるインタラクティヴなパフォーマンス)があるんですけど、大度さんと石橋さんはがっつり一緒にやっていた公演で、世界ツアーを終えて東京に戻ってきて三軒茶屋(東京・シアタートラム)でやったときに、私がトークショーのゲストで呼ばれたんですよ。アフタートークみたいなのあるじゃないですか。それまで私、大度さんのことも石橋さんのことも実は知らなかったんです。dumb typeは知ってたけど、藤本さんが“true”をやってらっしゃることも知らなくて。でも楽しそうだからと思ってお引き受けして、初めて観させていただいて」
――それでぐっときちゃったわけですか。
「そのときは本当に意味が分からなくて(笑)。意味が分からなくても素敵な作品だったんですけど、後から聞くともっと深い意味があるんですよね。テクニカル的にも、どれがリアルタイムでやっているのか、それがいかに凄い事かっていうのも理解できなくて。でも照明はとにかく綺麗だなって。こんな色の出し方があるんだなって。“こんな綺麗な照明の出し方する人がいるんだ”って目から鱗でした。とはいえすごい、“雲の上の人”っていう印象があったから(笑)、今回本当に恐る恐るお願いしたんです。そうしたら、ドームのDVDとか観て下さっていたみたいで」
――それは意外な感じしますね。
「意外な感じしますよねえ。“どんなものになるかやってみたいです”というようなことを言って下さったんです。テクニカル・チームがいつものチームだったっていうのもあって」
――例えばdumb typeのようなものって、ざっくり言えばハイアート方面からの支持が厚いものですよね。eleven playも、そちら方面に行こうと思えば行ける立ち位置にいると思うんですけど、あえて、“エンターテインメント”と言うと語弊があるかもしれませんが、もっと幅広い層が楽しめるものとして作られている感じがしました。
「私のやっていることは、“エンターテインメント”が好きな人によく“アートっぽいね”って言われるんです(笑)。たぶんそれは褒め言葉で言ってくれてるんだと思うんですけど。その境目って何なのか、私自身も分からないし、答えを出そうと思ってなくて、人が決めることだと思っているんです。どちらかを意識しながら作るのだけは止めようって今回思っていて。だから、“お客さんに分かり易くしなきゃ”とか、“アートの人が共感してくれるものを作らなきゃ”っていうのは考えないように作った結果こうなって。それこそ“true”を観に行って自分が別世界のアートを観たと思ったような、そこへ行く必要はないし。例えばアートっぽいものが好きな人が今回の公演を観て“エンタメだ”って言っても、それはそれでいいとは思ってはいて。自分の立ち位置的に、その中間にいることがおもしろいのかなあって思って」
――振り付けも、日常の動きを取り入れたものが多いですし、誰もが難しいことを考えずに日常からすっと入って行けるような空間を目指しているのかな、って思ったんですよね。
「そうですね。振り付けに関して言えば、“ダンスに囚われずにやろう”って思ってるところはあるから」
――しかもそれらがハイクオリティに結実しているっていうのはすごいことです。もっと色んな方に観ていただけると良いですね。
「はい!ぜひ観に来ていただきたいです」
取材・文 / 久保田千史(2011年12月)