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ザハ案は 2520億円だが、同じようなアーチ式のスタジアムが、1割にあたる 250億円で建設された。(正確には 251億円。)
これを Wikipedia から転載しよう。
さすがに、まったく同規模というわけではなくて、観客席は4万人だ。新国立競技場の8万人の半分となる。それでも、同様のスタジアムが、倍の規模で、250億円の2倍にあたる 500億円で作れそうだ。
( ※ そううまくは行かないかもしれないが、おおざっぱにはそのくらいだろう。)
で、どうして、ザハ案に比べて格安で済むのか? 理由は(前項で述べたように) 次の点だ。
「ドームの高さが高いので、曲率が急であるアーチを使える」
というわけで、どうしてもアーチにしたいのなら、上記のようにすれば、低コストでアーチ式のスタジアムを作れるわけだ。
( ※ 写真を見ればわかるように、このスタジアムには、陸上競技用のトラックもある。9レーンもある。その意味で、規模は、ザハ案とたいして差がないと言える。それでいて、費用は 10分の1だ。)
( ※ なお、屋根は、開閉式であるそうだ。開閉式でありながら、この値段。お買い得ですね。……ただ、屋根は、半透明なガラス繊維一重膜ということなので、軽量ではあるが、騒音防止には向いていない感じだ。それでも、雨よけにはなるし、騒音防止効果も少しはある。)
( ※ 金属製の屋根の付いたスタジアムだと、神戸の御崎公園球技場がある。これは、重厚な屋根があって、建設費も 230億円で済んだ。ただし残念ながら、トラックがなくて、規模が小さめの球場である。座席も 34,000人しかない。)
( ※ ザハ案に比べて格安で済む理由は、もう一つある。下記で説明する。)
【 追記 】
次の見解を見つけた。
→ 建築家、片山惠仁氏による、新国立競技場の問題点の考察
ザハ案はたいして高額ではないとか、新国立競技場が高額になったのはデザインのせいではないとか、あれこれとザハ案を正当化している。しかし、妥当でない。なぜなら、本項の方式ならば、4万人規模のスタジアムを 250億円で建設できるからだ。
たとえば、次のような解決案がある。
・ 新国立競技場は、屋根なしで、8万人規模とする。
大部分は、仮設スタンドとする。
・ 事後、仮設スタンドは撤去する。
4〜5万人規模のスタジアムを残す。
そのあとで、開閉式の屋根を設置する。
この方式ならば、250億円に加えて必要なのは、4万人規模の仮設席だけだ。これが 50億円だとして、総額で 300億円で設置できる。あれやこれやの資材値上げを考えても、500億円で足りる。要するに、1600億円も必要ないのだ。(上記の建築家のように 1600億円を正当化することはできない。)
そもそも、ザハ案は、どうしてあれほど巨額なのか? それは、本項の屋根と比べるとわかる。
「大分銀行ドームは、アーチが細いアーチの分散構造だったから、軽量で、工事しやすくて、安価で済んだ。一方、ザハ案は、すごく太いアーチだから、重量があって、工事しにくくて、超高額になった」
つまり、「すごく太いアーチを使う」というデザインそのものに問題があったわけだ。このようなアーチを使うことで、「風雨を防ぐだけ」という本来の目的を越えて、「橋のような構造物になる」(前項)というオーバースペックの構造体となった。
比喩的に言えば、針金のハリボテでガンダム人形を作れば済むところを、超重量物の金属骨格のあるガンダム人形を作った。まるで本物のガンダムみたいな頑丈なガンダム人形を作った。かくて、前者ならば1000万円で済むところが、後者では 10億円になった。……これはまあ、基本コンセプトからして、コスト無視の滅茶苦茶であったことになる。
ちなみに、ザハには、次の作品もある。
→ Heydar Aliyev Center
このちっぽけな建物のために、何と 310億円もかかっている。
→ the cost of the center at $250 million
これは超高層ビルの デビアス銀座(350億円)とほぼ同価格である。
戦艦大和みたいにデカいデビアス銀座と、駆逐艦みたいに小さいザハの建物が、ほぼ同じ価格なのだ。いかにザハ案が超高額かがわかる。(金のあり余っている産油国だからこそ建築された。)
要するに、ザハの建築は、デザイン優先の彫刻であるにすぎない。そこでは、建築物としての構造が無視されている。そのせいで、無理なデザインを実現するために、超巨額のコストがかかるようになる。
上の建築家は、「ゼネコンが滅茶苦茶に金を吊り上げた」というふうに説明しているが、ゼネコンのせいにするばかりではいけない。ゼネコンは、建築物としての常識に逆らった、無理なデザインを実現するために、滅茶苦茶な工事を強いられたのだ。そのせいで、精査したら、大幅にコストが上がると判明したのだろう。
建築物としての常識に逆らった、無理なデザインを提出しておいて、「普通の価格でできなければ、ゼネコンのせいだ」と決めつけるのは、安直すぎる。まずは、建築物としての常識によるデザインを採用するのが先決だろう。そして、そういうふうにすれば、「たったの 250億円で建設できる」という事実を、理解することができるようになる。
ゼネコンのせいにして喚くよりは、まずは事実を見るべきだ。「たったの 250億円で建設できる」という事実を。
( ※ なお、「誰が悪いのか?」という疑問に対しては、「コストを考慮しないでデザインだけを先に決める」という方式を採用した文科省自体に責任がある。最初からコストとデザインをセットで選定するべきだった。そうすれば、今回のように、「コスト無視でデザインだけを決める」なんてことはなかったはずだ。また、せめて、安藤忠雄ではなく、まともな建築知識のある建築家を委員長に据えるべきだった。そうすれば、「コスト無視でデザインだけを決める」なんてことはなかったはずだ。……すべての根源は、文科省にある。たぶん、事務次官が一番悪い。)
( ※ 大分銀行ドームは、なかなかの傑作だな……と思って、設計者を見たら、黒川紀章だった。さすがに、建築のことをよくわかっている。)
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