水木しげる「人を土くれにする時代だ」 出征直前の手記で語った戦争への思い
BOOKS&NEWS 矢来町ぐるり 7月7日(火)7時1分配信
漫画家の水木しげるさん(93歳)が太平洋戦争へ出征する直前に記していた手記がみつかり話題となっている。手記には、押し寄せる死の恐怖に自己の未来を憂いながらも、自分はこうありたいと願う20歳の若者の葛藤がみずみずしい筆致で描かれていた。
【その他情報】『水木しげる出征前手記』原稿2。
手記は2015年5月末、水木さんの長女・原口尚子さん(52歳)が古い書簡の整理をしていたときに発見した。原稿用紙38枚に書き連ねられた内容から、水木さんがラバウルへ出征する昭和18年の前年、昭和17年10月から11月にかけて執筆されたと推測される。当時水木さんは満20歳で徴兵検査を受け、合格通知が届いており、近いうちに召集され入隊することを予想していた。翌春には鳥取連隊に入営し、やがて南方戦線へと送られることになる。
「ゲゲゲの鬼太郎」などの妖怪や怪奇もので有名な水木さんだが、当時の戦争体験を基にした戦記ドキュメンタリーも長年描き続けていた。NHKの朝ドラにもなった妻・布枝さんの著書『ゲゲゲの女房』などで描かれるひょうひょうとした人柄の水木さんが戦争のさなか、どのような苦悩を抱えていたのかが赤裸々に語られた手記となっている。
今回その手記が7月7日発売の文芸雑誌「新潮」8月号(新潮社刊)に全文掲載されることとなった。
手記の冒頭はこう始まる。
《静かな夜、書取のペンの音が響く。その背後には静かな夜のやうに死が横はつてゐる。この心細さよ。》
20歳の水木青年は、太平洋戦争の只中でその時代をこう記す。
《将来は語れない時代だ。毎日五萬も十萬も戦死する時代だ。芸術が何んだ哲学が何んだ。今は考へる事すらゆるされない時代だ。画家だらうと哲学者だらうと文学者だらうと労働者だらうと、土色一色にぬられて死場へ送られる時代だ。》
《人を一塊の土くれにする時代だ。》
《こんな所で自己にとどまるのは死よりつらい。だから、一切を捨てて時代になつてしまふ事だ。》
出征すれば死ぬ、と考えていた水木さん。水木さんが1959年に発表した戦記ドキュメンタリーの短編「ダンピール海峡」には南方への出征を迎えた弟を見送る姉が登場する。とても無事では帰れないと気付いていた弟と、今度会うときは白木の箱に入って帰るのだろうと弟の乗った船を見送り涙する姉。皆わかっていたのだ、出征すれば生きて帰れないということを。現実に水木さんの所属した部隊は多くの仲間が戦死し、水木さん自身左腕を失った。
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