みなさま、お久しぶりです!
ブログ初めて約半年そのうち更新休止期間約半分とかマジクソですみません。ぺろぺろ。
その感、色々な気持ちの変化や、目標の変化がありました。
それに伴って、ブログのあれやこれやを変更し、そして更新を再開したいと思っています。
休止期間にあったあれこれや心境の変化は「続きを読む」からどうぞ。(長いです)
どれだけ物を捨てても捨てられなかった「もの」
思えば5年ミニマリストやってました。
物を減らしはじめた当初は、圧倒的爽快感と身軽さと不安のなさにそれはもう人生の指針を見つけたような気持ち!でした。
そして、よく言われる「虚無感」も2度ほど越え(笑)
結婚して環境が変わって、引っ越しして安定して、そしてこのブログを始めました。
ブログやってみたらびっくりするくらい沢山の人が「いいね!」って言ってくれてびっくりしました。
わたしの喜びの糧でした(今もです)。
それでも、5年、持たない暮らしをしても、捨てられないものがありました。
それは、自分に対する劣等感。
どれだけ好きだと言われても、どれだけ身軽になったとしても、どれだけ評価されても、
この劣等感というのはなかなかに曲者で、わたしを離してはくれませんでした。
「マイナスなことは書かない」と決めていたのでブログの記事にはしませんでしたが、
いつのまにか、他のブロガーさんと自分を比べては、落ち込んでばかりいるようになりました。
役に立たない自分は価値が無いのではないかという恐怖
いざ文字にすると「そんなことないよ」と思える事なんですけどねー。
ツイートしてもらったら、お返しした方がいいのかな、とか。
あの人にコメントしたら、この人にもした方がいいのかな、とか。
なんかぐじぐじ考えてました。そして考えすぎて動けなくなってしまった。
「誰かを応援したから、応援してもらえる、言葉をかけてもらえるのだ、
そうしない自分は誰からも見向きもされなくなるぞ!」
と心の中で誰かが言うのです。
そしてそれを「そうだよね…」と思ってしまう自分なのです。
更には、事実そうであるというネットの現実もあるでしょう。
物の多さで人生は変わらない。丸裸になった自分だけが残る。
落ち込んだ時、何かを打破したい時、物を減らして掃除することはとても大事なことです。
しかし、部屋を見渡した時、
わたしが捨てられるものはもう何一つありませんでした。
物が少ないので、掃除もささっと終わってしまいました。
その時なんとなく、「物に助けてもらうのは、卒業なんだな」と感じました。
わたしはこれまで、物を減らすこと、持たないことで、「自分の生き方」なり「キャラクター」なりを示してもらっていたことに気がつきました。
でも、そうしているうちは、ずっと「物」のことであたまがいっぱいなんじゃないか?
それは「物」に執着しているのとなんら変わりないのではないか?と思ったのです。
それから、持たないことに対する興味は極端に薄れました。
ぽっかりと穴が空いたような気分。でも、何か楽になったような気持ち。
だからと言って、何かを買いこむようなことはないし、
やっぱりライフスタイルとして、物は少なく最小限でいたいなぁとは思っています。
そんな時、ぱっとやりたいことが現われて、目標が決まった
そんなすっからかんな状態になったころ、なんとなく夫婦で話をしていて、
「そうだ、田舎に住みたいね」という話になりました。
実は、旦那の実家は和歌山と三重の県境に手作りのログハウスを持っています。
これは、10年の年月をかけて、自分たちで台風で倒れた木を集め、皮をはぎ、整地するところから完成させたもので、
そこが、わたしも、そしてもちろん彼もとてもとても大好きなのでした。
そして、そこで、自分たちらしい生き方ができたらいいね、と話がまとまったのです。
そうなったらあっという間に話は進み、お父さんお母さんの大賛成ももらって、とりあえずまとまったお金を溜めたら引っ越そう!ということになりました。
ふしぎなことだなぁ、と思います。
ちょっと前のわたしだったら、交通も不便で、自分でいろんなことをやらなきゃいけない、手間暇かかる田舎のログハウス住まいなど、将来自分がするなんて思いもしなかったのに。
「物」を本当に失った穴にそそがれるように、新たな目標が生まれてきました。
全てのことがあるべきタイミングでわたしに訪れているような気がしています。
ミニマリスト卒業
わたしがミニマリストを志した理由って、つまるところ、煩雑さや外の価値観からフリーになりたかったんですよね。
そして、めんどくさいということを極力なくして楽しよう、っていう。
でも、今ここにきて、わたしはわたしの持っている技術や才能をもっと生かして生きてみたいと思うようになりました。
そして、それを使って、将来ログハウスで仕事ができたらいいな、と思っています。
「がんばる」という言葉は、今はあんまり良い意味では使われないけど、
わたしは「がんばる」ことでしか見えないものがあると思っています。
自分がやりたいことをがんばるって楽しかったはずだ、と思うのです。
今まで切り捨ててしまっていた無駄な部分に、もう一度目を凝らすように…。
そのためには、物を得て、それを使ってできることを増やしたいと思っています。
また、貯金のために持たないことでかかっていたコストを減らす意味もあります。
今後について
- 具体的なブログの内容
・節約
・料理
・家事
・ファッション
・日記的な内容
あれ?あんま変わってなくね?
全体的にもちろんミニマリズム的になりますが縛り的な感じはありません。
今はとにかく節約と料理をやりたくてやりたくて!
そのために必要な物があったら増やすのも全然ありだと思っています。
日記的なものは需要とか関係なしに書きたいときは書きます。自由です。
- ツイッターは更新情報専用にします
ものすごい歓びを与えてくれるツールなのですが、
自分にとって、卑屈を加速させたり、あれこれ長時間考えこんでしまう原因にもなってしまっていました。
ここで色んなつながりができ、また、色んな人とやりとりできたので、とても寂しいのですが、今は少し距離を置こうと思います。
- コメント欄も閉鎖します
今後余裕ができたら再開したいです。
この後、順次公開の準備をしていきます!
卑屈な自分を、ありのままに受け入れたい
ここ数カ月、卑屈な自分をぼっこぼこに殴りまくって気がつきました。
「卑屈は、叩いても治らない」
これまでの27年の人生で作り上げられた卑屈は、たった数日や数カ月で治るものではないのです。
わたし、今卑屈だなー、って、ただ受け入れて、誰かや自分と戦うことを止めると、少し余裕が生まれました。
余裕ができたら、周りが少しだけ見えるようになったきがします。
先日、ぼそっとツイッターで呟いたところ、みなさんが「おかえり!」と言ってくださって、わたしはうれしくて泣いてしまいました。
個別にここでご紹介すると、また、ああ、どうしよう、って悩んでしまうから、やめておきます。
でも、ほんとうにありがとうございます。
わたしは卑屈なのと同時に、そういうみなさんのことを本当に好きだったのです。
ミニマリストであることをやめて、ツイッター止めて、
そうしたら離れて行ってしまうご縁もあるかもしれないし、
読んでくださる方もどんどん減ってしまうかもしれない。
かと言ってそれを嘆くのはもうやめにします。
わたしはわたしのやり方で、楽しみながら、人の役に立つことに決めました。
わたしがへこたれているときも、そうでないときも、いつも彼がそばにいます。
「ようこは何の役に立たなくても、毎日ただ生きて、笑ってくれているだけでええねん」と抱きしめてくれる彼を世界一幸せたらしめるべく、
わたしはこれからも世界一人妻目指してがんばっていきます!
ひらいようこ