越前の朝倉家に侵攻した織田信長を突如裏切り、一時は絶体絶命のピンチにまで追い込んだ浅井長政。
後に浅井と織田の両家は近江(滋賀県)の姉川で激しい戦闘を繰り広げたが、その様子の描かれた「姉川合戦図屏風」が本日(25日)から福井県立歴史博物館で展示されている。
姉川の戦いは1570年、近江浅井郡(現在の滋賀県長浜市)で行われた合戦で、「信長公記」によると浅井・朝倉13,000の兵に対し、織田・徳川連合軍は不明ながら同規模(かそれ以上)の軍勢でもってこれを撃破。
朝倉家では刀身約175cmもの「太郎太刀」を振り回した豪傑・真柄直隆や、浅井家では重臣の遠藤直経などが討ち取られたばかりか、支城の横山城を落とされて木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が城番に入り、同地域での勢力図が一気に塗り替えられる契機となった。
戦国史に名を残す激しい合戦だったこともあり、その屏風には歴史ファンの想いを引き寄せる魅力が詰まっているだろう。毎年この時期には同博物館で展示されていて、入館料は一般が100円で高校生以下や70歳以上の方は無料となっている。
なお、以下の図は浅井三代記などの軍記物をもとに作られた布陣図(wikipedia)。屏風と合わせてご覧いただければ、さらに臨場感を味わえるに違いない。
姉川の戦い/wikipediaより引用
【TOP画像】福井県HP報道発表資料より
【参考】福井県立歴史博物館 「現代語訳 信長公記 (新人物文庫)」 姉川の戦い/wikipedia
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