一人旅、成年後見制度利用の試み、そして話題(その四)
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作成日時 : 2014/02/27 01:54
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成年後見制度の利用を試みたが
初めて成年後見制度に触れましたが、その前に認知症の妻のこの頃の様子をお伝えします。
この頃の妻のちょっと変わった様子
妻の認知症と私の介護は、早いもので足かけ7年目に入りました。妻の認知症は非ヘルペス性辺縁系脳炎によるもので基本的には悪くも良くもならないタイプですが、少し認知機能が良くなったのかと思わせることがあります。家の中をよく動くことが多くなったようです。また私は洗い残した食器を自分から洗うこともあります。介護を始めた頃のような「家に帰る」と言って外出することはほとんどなく、なんとなく外に出ようとする行動はよく見かけます。際立った変化として、宅急便の人がインターホーンを鳴らすと、関心を示さないこともありますが、ドアから出ようとすることもあるのです。
玄関、勝手口、1階の居間の窓は内側から鍵を掛けて外に出られないようにしていますが、先日は2階の鍵をかけた窓を何度も開けようとして鍵を壊して外にでました。幸い2階の窓に続く小さなバルコニーに出ただけでした。発病して2年目で鍵を掛けることを思いつかなたった頃、この窓を開けてバルコニーから庭に落ち、骨盤の尾骨(尾てい骨ともいう)を折ったことがあります。尾骨の骨折だけだったので入院しませんでした。
最近の変わったことといえば、何時もショートステイで利用している老人保健施設「春風」ですが、前々回の時、一緒に帰宅しようとする時、いつもは私の車に乗っていましたが、その時ばかりは乗ろうとしません。やむなくタクシーを呼んで無理やり、乗せて帰りました。片道3000円ほど。
その後、同じようなことがまた起こりました。2月に1回、京都民医連の太子道診療所に受診していますが、私の車に乗らなかったので、初めからタクシーで向かいました。それまでは診療所の入り口で自分から車を降りていたのですが、今回は頑として降りようとしません。無理やり降ろしても診療所内で混乱が続くだろうし、診療所のスタッフが妻の状態にどれだけ対応できるか疑問だったので、そのまま同じタクシーで帰宅しました。往復5000円ほど。
この時ばかりは家に着いてから妻を殴ってしまいました。久しぶりの事です。
またまた同じようなことがデイサービスでも置きました。デイサービスは週4回通っていますが。送迎車が来ても乗るのを拒んだのです。めずらしいことです。私の判断で、この日は自宅で過ごすことにしました。
薬の方はその翌日、私が車で診療所に行ってもらいました。妻は抗痙攣剤、私は降圧剤です。妻の痙攣というと今年の1月に2,3分ほどの軽い痙攣がありました。痙攣は収まってもその後12時間ほど、ぼんやりしていました。「イーケプラ」という新しい抗痙攣剤ですが辺縁系脳炎の後遺症によるけいれんに効果があると証明されてはいないのですが、飲み始めた方が痙攣の頻度は少なく、痙攣があっても軽いようで、効いているのでしょう。
昨今の新薬の傾向ですが、健康保険で利用できる薬でも、この薬は高額です。
成年後見制度を利用しなくてすんだこと
妻が認知症になって、いずれは成年後見制度を利用することになるだろうと思っていました。しかし、この制度を利用しなくてよいのかと思うことが、過去2回ありましたが、結果的に利用しなくて済んだのです。
1度目は、妻の預貯金の解約の時でした。妻のお金を私が使えるようにしようとしました。妻の預貯金の一つは「ゆうちょ銀行」で、もう一つは「京都銀行」でした。「ゆうちょ銀行」の方は、よく利用している近くの郵便局の局長に相談したところ、いとも簡単に解約してくれ、私の「ゆうちょ銀行」の口座に移すことができました。
もう一つの京都銀行の方は、近くの支店に行って同じように相談したところ、支店長代理が「本来ならば成年後見制度によるところですが、一度奥さまに会わせてください」と言う妥当な返答でした。実際、支店長代理は我が家へ来て、妻の状態と、多分私たちの生活状態も観察したのでしょう。結果的に妻の預金通帳と印鑑だけで解約でき、同じ銀行の私の口座に移すことができました。
2度目は、妻の実父が亡くなった時、夫婦2人で住んでいた父親名義の建物と土地を母親が、すべて一人娘の妻に相続させることに決めたのです。同じ町の知り合いの司法書士に依頼して手続きを始めました。その不動産相続の名義変更が、私が区役所に申請して妻の印鑑証明と印鑑を作り、これでもって相続は終了したのです(戸籍抄本も用意したか定かでない)。妻には相続の話をしましたが、理解はできませんでした。私が本人に代わって行うことができたのです。
「空き家バンク」
その後、父親を追うかのごとく母親ががんで亡くなりました。一昨年のことです。妻が相続し人が住まなくなった空き家をどうするか検討するなかで、初めて「成年後見制度」が関わってきたのです。
妻が相続した不動産に関して問題が生じました。会津の山奥の土地と建物は、国鉄勤務だった義父と小学校教員だった義母が苦労して作り上げてきた不動産です。冬季は雪深い山間部で増改築を繰り返して大きくなった家と土地(居住用、農地、山林)は広いのですが、人口が減少し雪深い地方では資産価値はほとんどないに等しいのです。固定資産税は年間4万円ほどで物件の価値は300万円ほどです。土地が土地だけに売れる可能性は低く、100万円で売れればよいと言う町の人もいました。
雪深い山間辺地で住む人がいなくなった空き家と土地は資産価値がほとんどないのです。とはいえ、その家は、民家が立ち並ぶ集落の一角にあり、朽果てるにまかせて放って置くわけにはいかないのです。冬に雪降ろしをしなければならないし、夏は庭に生い茂る雑草を刈らなければなりません。さらに従兄が言うに、空き家を狙った放火がないわけではないので防火も必須と言うのです。
その従兄から、昨年9月に町が「空き家バンク」を始め、登録しておいた方がよいという提案がありました。都会に住む若者や定年退職後の夫婦が田舎暮しを希望することが少なくないそうです。そうして人たちに町が空き家の物件をネットで情報発信を行うのです。地元の不動産に空き屋の売買や賃貸を任せておいても、不動産屋の情報の伝達範囲が限られているが、自治体がネットで流す空き家情報は、より多くの人たちに伝わり、自治体がバックにあることで物件の信頼度が高まるとみなされるのでしょう。
こうして従兄の勧めもあって「空き家バンク」に妻の不動産を登録することにしました。ところが、自治体は情報提供だけで、不動産の売買や賃貸は町が契約した不動産屋が行うものです。その不動産屋は、空き家になった物件を外から確かめた後、妻が認知症であることを知って「成年後見人」を付けることが要件だと町役場の担当者から聞きました。
ということで「成年後見制度」を利用して妻の後見人の申し立てを行うことにしました。
京都家庭裁判所
京都・下賀茂にある京都家庭裁判所に出向きました。実は、この家裁に行くのは初めてではありません。大学入学して間もなく、デモに参加していた時、公務執行妨害の疑いで逮捕されました。一晩、堀川警察署の留置場で過ごしました。釈放後、未成年だったので家裁で私の処分が審理されるということで、この家裁に出向いたのです。控訴猶予とされました。
半世紀近くして、再び訪れた家裁を訪れ、家裁内に在る「後見センター」の部屋に入りました。事情を説明すると、請書書や解説書が入った「後見申立セット」の大きな封筒が渡されました。家に持って帰っても、しばらくは読む気が起こりません。2,3週間経って、やっとその気になり読みました。予想どおり提出書類の多さにうんざりしました。提出しなければならない書類は次のものです。
「成年後見人申立書」「申立事情説明書」「親族関係図」「本人の財産目録」「本人の収支状況報告書」「後見人等候補者事情説明書」「診断書」「診断書付票」「戸籍謄本」「住民票」「登記されていないことの証明書」
最後の「証明書」とは何のことが理解できませんでした。説明書を読むと、一人の人に二人以上の後見人が付いていないことを確認するもので、東京の法務局が発効する証明書です。これは家裁が行うべきものと思われますが、申立する人が用意しなければならなのです。
申し立てに要する費用は、申し立て料が800円、後見人を登記した場合の料金が2,600円、医師の鑑定が必要となればさらに10万円ほどが必要になります。郵便切手代が2,980円と細かいのですが、申し立て人は郵便切手が用意しなければならない理由もよくわかりませんでした。家裁が必要な聞き取りなどを郵便で行う場合に要する切手代なのです。例えば私の娘が後見についてどう考えているかの情報を得るために書類を郵送した場合の切手代があります。その他、診断書や戸籍謄本を得るための費用も申し立て人の負担となります。こうしたことから見えることは、成年後見制度は公的な制度ながら財産管理などの後見については受益者負担を原則としており、家裁が公的な立場からそれを支援するというものだということもわかりました。こうした視点から、後見人への報酬も被後見人が負担することになるのです。
あまり急を要しなかったので、約1か月かけて証明書や資料を集め、書類を作成し、家裁に持参しました。後見センターの職員が、提出した書類をざっと見て、後日の詳しい聞き取りのための日程を伝えました。
成年後見制度のねらい
成年後見制度が導入される以前、民法で財産管理の能力がない人については「準禁治産」や「禁治産」をされ、これに代わって財産管理する人が家裁で認定されていました。実態として、管理する人が財産を本人のためでなく自分たちのために流用、悪用する事例、事件が後を絶たなかったのです。さらに一律に判断能力がないと禁治産にするのではなく、残った能力に応じて本人の意思を尊重した財産管理をするにふさわしい人を選任することが望ましいと新たな制度が導入されたのです。その時期を2000年の介護保険制度のスタートに合わせたのです。
介護保険制度では、ホームヘルプなどのサービスを利用する利用者本人とサービス提供者との契約に基づくことが基本とされています。しかし、これではサービスが必要とされる認知症の人が判断能力の低下により契約が行えなくてサービスを利用できなくなる恐れがあるので、認知症の人の場合などでは後見人を付けることが相応しいとされたのです。こうした背景を持つ成年後見制度であることより、後見の内容は財産管理と老人ホーム入所に伴う契約行為に関わることとされてきました。終末期医療の在り方は経管栄養の導入など医療あるいはケアに関わることは後見の対象外であるとの考えが今も堅持されています。
後見については本人の能力に応じて「広義の後見人」を「補助人」「補佐人」「後見人(狭義)」の3種に分けられ、どの後見にするか、まただれを後見人(広義)にするかを家裁が選任します。さらに後見人が適切に財産管理など後見業務を行っているどうかを見守り監視する「後見監督人」も裁判所が選びます。後者は専ら家裁が行います。こうした後見を「法定後見」といい、新しい成年後見制度では、さらに、判断能力が残っている時期に、将来、能力が低下した際の後見人を自ら決めておくことができる「任意後見」の制度も導入されています。
認知症の妻の場合、判断力はかなり衰えているので全面的な後見を行う「後見人(狭義)」が選任されるだろうと予期しました。当初、夫にあたる私が選任されると思っていたのですが、家裁の書記官からの話では、弁護士が選任されるだろうことを知りました。その場合は京都弁護士会が推薦する弁護士がなるとのことです。成年後見制度導入時は後見人に家族が選任されることが多かったのですが、その家族が財産を不適切、不当に処分して、本来の趣旨に反して財産が流用、悪用される事例が多くなったことから、第3者的な弁護士、司法書士、社会福祉士、あるいは講習を受けた「市民後見人」が優先的に選任されることが増えているのです。もっとも弁護士だからといって悪用がないわけではありません。数億円の財産の管理に当たっていると、自分の懐に入れたくなるのも起こりうるでしょう。後見監督の制度があとしても、その膨大な業務を家裁だけで行えるはずはありません。
申し立ての取り下げ
妻の後見人は私ではなく弁護士がなるだろうと知って、とても迷いました。人生の最期を送っている私たち二人の生活に、全く知らない弁護士という人間が突然に介入することは受け入れ難く、耐え難いことです。後見人は私たちの金銭管理に止まらず、金銭に伴う私たちの生活を説明しなければならないことになりそうなのです。私たちの生活が家裁の選んだ人に監視されるのです。さらに後見人に選ばれた弁護士はボランティアで業務をこなすのではなく、家裁が認めた額の報酬―月額5,6万円らしい―を後見がおわるまで延々と支払うことになるのです。これもまた受け入れ難いことです。
資産価値の乏しい妻の不動産に処分というささやかなことのためと申し立てた結果として選任される後見人が私たちの生活全般に介入することは認めがたいと、申し立ての取り下げようと思い、書記官に伝えたら、一度、申し立てを行うと原則、取り下げはできない、家庭裁判所の裁判官の許可が必要だと脅されました。
妻の後見人が私たちの生活に介入することは受け入れ難いと繰り返し書記官に述べました。すると書記官は受理されるとは限らないが、一応「取り下げ書」を提出するように指示されました。その簡単な書類は、家裁に離婚の申し立てを行った後に取り下げを申請すると同じ書類です。この書類を提出したら、数日後、担当の書記官から「受理された」と電話で伝えられ、ほっとしたのです。
しかし、この結果「空き家バンク」の登録はできなくなり、妻名義の建物と土地の処分も宙に浮いたかたちで当面不可能となりました。法定後見人なしに義父から妻への不動産の相続事務を行って、事情を知ってくれたであろう会津の司法書士なら妻から私への名義変更もしてくれるかもしれないと思い、親戚にその時の司法書士を探してほしいと頼みました。その親戚から数日後、その行政書士は亡くなっていると伝えられました。
この間、無駄なことをしたようですが、わが国の成年後見制度を垣間見ながらの学習ができました。
話題をひとつ―オリンピック報道の功罪ー
やっと終わってくれました。ロシアのソチで開催された冬期オリンピックの報道、とりわけテレビ放映をNHKも民報も連日、熱心にやってくれました。
過剰な前宣伝
オリンピックが始まる前も、テレビの予告放映もかなり熱の入れようでした。とりわけ最大の放映局であるNHKは、悲願の挑戦などとドラマ仕立てての予告を流していました。こうした前宣伝で日本選手の多くがメダルを取れるかのような勝手な予測も流し、観させようとするようです。
私の悪い癖で、ものごとを額面どおり受け取らず、その裏を読みたくなりました。
安くはないだろうオリンピック放映権の料金を払っているNHKも民報も視聴率を高くしたいとの思いから、視聴者に過度な期待を持たせるような報道をしたくなるのでしょう。民報は、スポンサー収入を考慮して、高視聴率に繋がる放映に流れになるでしょう。予測以上の視聴率を獲得すれば、スポンサーも民報も喜ぶことになるでしょう。受信料に依存したNHKも視聴率を無視した報道はできません。多額の経費をかけて準備してきたオリンピック放映についての局内の評価も視聴率で左右されるでしょう。視聴率が高いとオリンピック放映の関係者は立場が強くなり、低いと彼らの昇進に影響するかもしれません。ということでNHKさえも、否NHKが最も、過剰の期待を持たせるような前宣伝を流していると見ました。
映画「ネットワーク」
こうした思いを強くしたのは、最近、たまたまTSUTAYAのレンタルビデオでアメリカ映画「ネットワーク」を見たことによる影響かもしれません。1976年制作のこの映画は、視聴率とそれに左右される広告収入の依存する新興テレビ局の視聴率依存を半ばパロディ風に描いています。人気に陰りが見え始めたニュースキャスターが降りるに際して自らの思いを話し始めると視聴率が上向きになり、神がかり的な講話や予言を始めるとさらに視聴率が急上昇したのです。ついには視聴率を上げるためには何でもするといった自滅的な状況に民報が自らを追いやってしまうのです。映画では、視聴率依存症のディレクターに衝撃的な犯罪映画「俺たちに明日はない」(1967年)に出演した女優フェイ・ダナウェイが演じ、質の高いテレビ放映を目指し視聴率依存に批判的でテレビ局から追い出される元教授に「慕情」や「ピクニック」(ともに1955年)の晩年のウィリアム・ホールデンが演じていました。
放映本番
いよいよオリンピック本番の放映が始まりました。あまり観ないようにはしましたが、開会式に伴うアトラクションはなかなかよくできていました。大国ロシアの文化と芸術の厚みを感じさせるものでした。
オリンピックで日本人がメダルを取ると称賛する番組が繰り返えされ、メダルが取れないとよく頑張ったと涙をそそるような番組を仕立てます。通常、めったに観ることがないスケートやスキーの競技が多い冬季オリンピックですが、この時ばかりは多くの日本人が冬季スポーツの専門家にでもなったようです。トリプルアクセルに成功したとか、4回転ジャンプに挑戦したとか、それがどうしたと私は言いたくなります。
私たちはテレビ放映からの受身的な理解のため、改めて「フィギア」とは何のことといった自ら疑問を抱くことはほとんどないのでしょう。特にフィギアスケートでは飛んで回転する場面ばかりが強調して報じられるので、演技全体の流れが希薄になります。歴史的にこの種のスケートは円を描く物理的な基本的技術と芸術性とを競うのだそうです。個人的にはシングルの競技よりは男女ペアーの競技がよろしい。それにしても23歳の浅田真央さんは「ダダ者」ではないことに驚きました。
放映で見えににくくなったこと
多くの日本人を束の間のオリンピックという宴の世界に引き込んだテレビ放映で、その間にいくつかの問題や状況から私たちの目をそらしてしまいました。
オリンピック会場にしたソチはロシア人の避寒地として開発が進められているそうです。朝日新聞の報道によれば、もともとこの土地には先住民チェルケス人が長く住んでいました。1864年、南下政策の帝政ロシアが領土拡大路線で先住民を武力で弾圧、虐殺し追放して得た土地なのです。このとき30万人が殺されたそうです。現在、人口40万人のソチはほとんどがロシア人で、チェルケス人は4000人に過ぎないそうです。
もう少し地図を広げると、ほとんど内戦状態で大統領が逃亡し政権が崩壊し経済的に苦境にあるウクライナの首都キエフと、なかば忘れさられつつある泥沼化した内戦が続くシリアの首都ダマスカスとの中間にソチが在ります。進行形の苦難の現代史をオリンピックは忘れさせてくれます。
さらに、わが日本国内に目を向けると、このブロクで繰り返し述べてきました事故を起こした東京電力福島第一原発(関係者の間で「エフワン(F1)」と呼ぶ)の膨大な放射能汚染水の問題、それ以上に深刻と思われるメルトダウンした炉心、同時に故郷へ帰れなくなった流浪の福島県民の生活も、オリンピック放映で何事もなかったかのような錯覚に私たちが落ちそうでした。楽しいオリンピック劇場に暗い話はしばし止めましょうということでしょうか。
原発事故から3年目に入ろうとして、事故が遠い昔話となりつつあるなかで、原発推進に熱心でトルコまで原発セールスに行った安部首相のこと、今後もしっかり原発依存でやると宣言しています。怖い話です。今回見せつけられた原発そのものの危険性と、以前から指摘されてきた未解決の原発ごみの処分を忘れるわけにはいきません。段階的な脱原発は一見合理的で現実的なようですが、期限付き脱原発では期限が限りなく先に引き伸ばされる恐れがあるのです。即脱原発をかかげて落選した細川氏です。東京都民は段階的脱原発を選択したのでしょう。これは都民だけでなく日本人全体の傾向なのでしょう。
「エフワン」の南に隣接する富岡町を昨年、訪れました。テレビで遠く日本人にはなかば無縁のソチの詳しい紹介―ライブも含め―はあっても、時間の止まり人の姿がないゴーストタウンの富岡町の紹介はありません。事故3年後のこの町の姿がテレビで紹介されるなら、あるいはこの町の自分の目で見ると、原発依存などは言えないはずです。
しかし、残念ながら死刑の実態を知らないまま85%が死刑に賛成する日本国民です。同じ国民が、深刻な原発事故を経験しても原発に反対し即脱原発に賛成することを期待はできないのかもしれません。
どうする日本人、どうなるニッポン。
写真説明:尾骨の位置、老人保健施設「春風」の個室、京都銀行洛西支店、西会津町上野尻神地区メインストリート、妻の実家の前で(1975年頃、右から妻、私、義父(故人)、義母(故人)、下の姉(故人))、京都家庭裁判所、ソチ冬期オリンピックのロゴ、映画ネットワークのダナウェイ(左)とホールデン(右)、結婚衣装のチェルケス人。
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