秋山惣一郎
2015年6月20日20時52分
安全保障法制の議論で首相が繰り返す「レッテル貼り」という言葉。「レッテル貼り」と、その言葉を生み出す社会と政治について、デザイナー・映画ライターの高橋ヨシキ氏に聞いた。題して「積極的平和主義と『1984年』」。
――「レッテル貼り」という言葉、どう思いますか。
「たとえば、今、映画でも本でも『分かりやすい』、というのが褒め言葉になっています。一方で『意味が分からない』と怒る人もいます。瞬時に理解できる、あるいはできた、と思えることがすなわち〈良いこと〉である、という勘違いが広まっていることと無関係ではないでしょう。『レッテル貼り』のように、物事を不必要に単純化する『分かりやすい』言葉は、その実、何も伝えていないことが多々あるにもかかわらずです」
――安保の議論は細かくて難しい。分かりやすい議論は必要ではないですか。
「と言って、『レッテル貼り』の応酬では議論が深まらない。今の政治は『キャッチフレーズ政治』のなれの果て、に思えます。複雑で難解な議論を悪とみなす風潮には、論理で対抗するしかありません。分かりやすいキャッチフレーズや『レッテル貼り』ばかりで構成された乱暴な議論は、きちんとした論考に太刀打ちできないはずです」
――難解な議論でもやっておくべきだ、と。
「当然でしょう。徒労に感じられても、難解であろうと、本質を突いた論議をした人がいた、ということが重要です。たとえば人種差別や性差別などは感情的、情緒的なやり方では肯定できても、科学的な、あるいは論理的な反証には耐えられない。そこでたとえばナチスは、人種差別を疑似科学としての優生学で実証しようと試みたのですが、当然そんなものは成り立たず、退けられました」
――安全保障の議論を巡る言葉については、どう思いますか。
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