YU@Kの不定期村

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「実写化アレルギー」な人達のある認識の強さに心底驚いた話

2015-06-20 09:59:36 | 提言



こんにちは、YU@K(@slinky_dog_s11)です。

先日『漫画・アニメ「実写化アレルギー」の人達にそろそろ本気でうんざりする』という記事を書いたら、反響が大きかった。体感だけど、Twitterでは「わかる」という反応が比較的多く、ブコメでは割とボコボコに叩かれた。ネットって面白い。私の主張を曲解して色々言ってる人もいるけれど、私は「実写化マンセー」とは一言も言っていない。ただ、私が一番いけなかったのは、それこそ「実写化アレルギー」な人達のとある認識の強さを低く見積もっていたからだ。

・実写化して成功した作品は皆無に等しい
・実写化する作品が良くなる唯一無二の方法はなるべく原作に沿うこと
・実写化は天地がひっくり返っても原作を越えられない
・実写化は全て利権に作品が利用されてゴミにしかならない
・実写化は全てジャニーズやアイドルや売り出し中の俳優のダシにされる


上記のような、私からすれば相当誤りな認識が、一部の人達にはあまりにも強すぎた。ここを見誤ったのだろう。「実写化攘夷過激派」の藩に出向いて「一度メリケンの話だけでも聞いてみましょう。それから判断しても遅くはないのでは?」と言ってみたけれど、「ふざけるな!攘夷じゃあ!大筒を持て!」と怒鳴られた。まるでそんな感じ。





「実写化作品の成功」とは、なんだろうか。絶対的な数値で語るなら、それは売り上げなのだろう。そしてその面だけで言うなら、それは成功し続けるから後続があるのは想像に難くない。実写化作品は割と商業的に成功してるから、だからこそ作り続けられるのだろう。だが、ネットで言うところの「実写化作品の成功」とは、それとは違う。私はここを、出来上がった映像作品の「映像作品としての面白さ」と捉えていたのだが、どうやら「原作の再現度の高さ」をそれと捉える人が多いようだ。

私は原作の要素から足したり引いたりしていても、出来上がったものが映像作品として面白ければ自分の中で「実写化成功」だと思うし、更に、要素を組み替えた上で原作の美味しい部分や持ち味を更に活かしたものであれば、両手を叩いて喜ぶだろう。というか、これまでそうしてきた。だが、「原作の再現度の高さ」が唯一無二の成功基準の人達にとっては、映像作品として楽しむという感覚がそもそも私とは全く異なるのだろう。つまりその作品を観ながら、答え合わせをしているのだ。脳内で元のアニメや漫画を再生しながら、減点方式で鑑賞する。それによって弾き出された点数がもし高ければ、彼らの中の「成功した実写化作品」となるのだろう。

まずもってこの認識の差があったとするのなら、そりゃあ私が「実写化という三文字で叩かずに、とりあえず観てみましょうよ」と言っても通用しないだろう。だって、「原作の再現度の高さ」という認識の一番初めに、「二次元>三次元」という大幅減点があるのだから。そもそも三次元になった時点で、彼らは彼らが崇める二次元からその作品が堕落したと捉えてしまう。

私だって、何も実写化全てを崇めよなんて無茶なことは言っていない。「こりゃダメだ」とか「ふざけるな」と思った作品だって沢山ある。「ドラゴンボール エボリューション」は一周してクソ映画としての趣を感じてBlu-rayを買ってしまったけど、その実写化作品がクソだったらクソと言いたい人間だ。だが、「映像化」する以上、そこにはアニメや漫画にはない「映像作品としての面白さ」が別フィールドで求められると思うので、むしろその視点があるからこそ、一度頭の中をリセットしてから鑑賞するようにしている。「映像作品としての面白さ」が感じられれば、仮に原作から要素が離れていても、私の中では「あり」だ。しかしそれは、原作の面白さの肝をちゃんと引き継いでいることが前提にはなるけども。





そして、多かった反論として、「そもそもこれまでがクソだったからアレルギーになるんだ」というもの。そりゃそうだ、クソは多かった。でも、全てがそうじゃないだろ、と。『実写化アレルギーとか気安く言わないで欲しい』という私の記事を契機(?)としたエントリーを読んだけれど、私はこの人のように実際に観て言ってる人には何も言わない。言うなれば、この人は別に「実写化アレルギー」でもなんでもない。観た上で絶賛しようがぶっ叩こうが、それはその人の自由だ。

この人が挙げていたように、実写化作品でも好意的に受け入れられたものは多い。ドラマ「のだめカンタービレ」なんてその真骨頂だし、ここから原作を好きになった人も多いだろう。これは私の体感だが、一昔前に比べて、実写化作品のクオリティの平均値は上がってきている。そりゃ近年でも「ガッチャマン」「ルパン三世」のようなレジェンド級の作品はあったかもしれないが、壊滅的にアレなのは年に数本だ。つい最近でも、「るろうに剣心」や「暗殺教室」など、天下のジャンプ作品の実写化は結構良く出来ていたし、原作への敬意や真摯さを感じた。特に「るろうに剣心」は、更にアクション面で原作とは違う面白さも追及していたし、あれはもう部分的に原作を越えた何かにすらなっていた。「アオイホノオ」も究極の原作通りで素晴らしかったが、そもそもドラマで漫画を再現するというのがレベルの高い「翻訳」なのだ。

つまりだ。「デビルマン」「ドラゴンボール」「キャシャーン」「GANTZ」「ヤマト」「ガッチャマン」「ルパン三世」らといったレジェンド級の数点を挙げて「実写化映画はクソだらけ」と言うのは、もう遅れてるのだ。先日Twitterで『#実写化して成功した作品』というタグが流行ったが、当たり前のように「これは良かった」がカウンターで挙がる時代になってきたのだ。それらをある程度観た上で「実写化という三文字だけで叩こう」というエネルギーに満ち溢れているならもうそれでも構わなないが(お手上げだが)、おそらく私の言う「実写化アレルギー」の人達の多くはそうではないだろう。冷静に考えれば分かることだ。別に全てが原作を蔑ろにしてきた訳でもないし、ジャニーズやアイドルに食い潰されてきたわけでもない。それに、毎回どの実写化作品も同じスタッフが作っている訳ではない。

「違う!これまで失敗例が多かったからだ!」と、言うだろう。だが、映画市場(ドラマ市場)全体で言えば、そりゃ良かった作品よりクソの方が多い。それは漫画でも小説でも、どこでもそうだ。なのに実写化作品だけは執拗に百発百中を求められる。良い作品とは、クソの屍の山の上に立ち上がるものだ。私も年に映画を沢山観るが、「これは良かった!」と自信を持って言えるのはたった十数作ほどだ。それに、一昔前はアニメ化すら疎まれたではないか。漫画原作のファンが「クソみたいなアニメ化」を叩く流れが、確かにあった。今ではそんなクソみたいなアニメ化が減ったのか、どこかアニメ化は「漫画原作そのもののひとつの成功の証」として捉えられるようになった。私は、実写化だってそうだと思ってる。他の市場でもこの作品のネームバリューが通じると思われたのは、それは一種の成功だ。

「妖怪人間ベム」が亀梨和也主演で実写化されると知った時、正直不安ばかりだった。昔から母が借りてきてくれたVHSで慣れ親しんだアニメだったので、下手なことはしないでくれ、と頭を抱えたものだ。しかし始まってみるとところがどっこい、亀梨くんはものすごく新しいベムを熱演していたし、原作の肝である「妖怪人間の悲哀」をちゃんと現代版のドラマとして翻訳していた。アニメ版のベムのビジュアルを適役で出すという采配も良かったし、最終回の火の中に消えていくベム達はアニメへのリスペクトに満ちていたと思う。私は心の中で、放送前に疑ってかかった自分を殴り飛ばしたものだ。「実写化は何もかも原作通りにやることが唯一無二の正解ではない」の、この上ない好例だ。





要は何が言いたいかというと、そりゃクソな実写化は好きに叩いてくれ。煮ろうが焼こうが好きにしてくれ。だが、最近は当たり前のように「成功した実写化」が挙がるくらいに、良い作品も出てきている。数が増えてきている。だからこそ、「実写化」という三文字だけで怒り狂うのはちょっと気が短すぎるよ、と。貴方はさも当然かのように平気で「実写化して成功した作品なんて無いじゃん」と言うけれど、それを言えるほどに色々観ているの? ただ何かを叩きたいだけで、とりあえず皆が叩いてるから自分も実写化を叩く。そんな流れに乗ってない? 別に「数を観てない」ことを批難するつもりはないけど、それによって凝り固められた認識を元に大声を上げるのは、ちょっと恥ずかしいぞ。

「実写化はつまり教室の隅で我々オタクが読んでいた漫画をDQNが取り上げて文化祭でこれの劇やろうぜーと言うようなもの」という例えも目にしたが、その場合そのDQNはその後に原作者に許可を取りに行ってるのだ。そしてその劇を体育館のステージでやって、オタクが文化祭ツマンネと教室で暇を持て余してる間にDQNとその仲間は多くの観客で席を埋めていたりするのだ。それがたとえ、オタクが認める内容でなくとも。もうこの状態だと、そもそもこの場合のオタクは実写化作品の客ではないのだから。

・実写化して成功した作品は皆無に等しい
・実写化する作品が良くなる唯一無二の方法はなるべく原作に沿うこと
・実写化は天地がひっくり返っても原作を越えられない
・実写化は全て利権に作品が利用されてゴミにしかならない
・実写化は全てジャニーズやアイドルや売り出し中の俳優のダシにされる


これらを読んで「その通りじゃないか」と思うのなら、私から言わせればもうその感覚がどうしようもなく古いし、間違ってる。そういった過度な原作至上主義が、回り回って自分達の好きなコンテンツの首を絞めていることに、気付いて欲しい。叩くなら叩け、批判するならどうぞご自由に。ただ、そのタイミングがいくらなんでも早すぎる。原作からの変更点が「作品のための翻訳」か「製作者の都合」か、なぜそれが初報の段階で後者と断定できるのだ。お前は全知全能の神か。そんな人達に「うんざり」したのだけど、私が思ってるよりはるかにこの認識が強かったことを見誤った。ここは完全に誤算だったが、主張は何も変わらない。

私の言う「実写化アレルギー」は、「実写化作品が嫌いな人」ではないのです。そして「実写アレルギー」とも違うのですよ。


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1 コメント

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Unknown (やじるし)
2015-06-20 14:07:55
こんにちは。
正直、外野から見ても驚きを隠せません。

これまでもYU@Kさんのような声をあげた人はいただろうしこれからもあがるでしょう。
一つや二つでは無理でも、そういった声が幾つも積み重なることで、徐々に認識を改める人もきっと出てくると思います。

勿論、万人が納得する完璧な提言などほぼ不可能だろうし僕も毎回100%首を縦に振ってはいませんが、YU@Kさんのような提言ができる存在は貴重だと考えています。
「話が通じなさそうな人たちの言動はスルー」「面倒な争いは避けたい」という主義の僕ですが、だからこそ提言する姿勢を支持します。(本当は提言する事案が発生しないことが一番いいけどw)

余計なお世話かもしれませんが、叩かれても必要以上に苛立ったり気を落とさないでください。

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