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サブカル 語る。

サブカルチャーのどマイナーな話題などについて語る日記

ドラゴンボールはマンガの「古典」としてのみ読み続けられるべきだと思う

こんにちは

 

映画のヒットを受けてか

ドラゴンボールの新シリーズが放映されるとの事。

 

www.youtube.com

 

確かにドラゴンボールは子どものころお世話になったし今も大好きです。

 

 

この作品を巡っては、読ませる論考が各ブログによって書かれており

どの意見についても感心しきり。「なるほどなぁ」と納得できたり

「いやいや、それはないんじゃない?」とか反論したくなったり。

 

d.hatena.ne.jp

yama-aki1025.hatenablog.com

 

物語の解釈とか嗜好というのはそれこそ

作品のファンの数ほどあり、それらの多さこそ、

その作品の「器」なんだろうなと、僕は思っています。

 

ただね。僕自身の意見を言わせて貰うと、もうこの作品の器を

わざわざ広げなくても、いいんじゃないのか。もっとはっきり言うと

この作品の器を超える量をテレビ局が作っているという姿勢が

僕は気に入りません。

 

ドラゴンボールの物語は基本的に以下の構図です。

 

強敵出現→孫悟空と仲間の敗北→修行→修行でパワーアップ→勝利!

んでもって、さらなる強敵出現

 

ピッコロ編、サイヤ人編、フリーザ編、人造人間編、ブウ編。

どれもこの原則に則っています。

 

ドラゴンボールの物語が続くかぎり、主人公である孫悟空

強さにおいて成長を続けなきゃいけない。

いってみりゃ悟空は永遠に成熟しない「未熟な存在」であり続ける事になります。

逆に言うと、主人公が未熟であるために物語は永久機関のごとく作り続けられる。

 

ちなみにドラゴンボールの最終回掲載時のアオリ文句はこんな具合でした。

 

「あれから10年。オラも、おめぇもおっきくなったな」

※10年とは連載の期間。

 

もうそれを載せていたジャンプは手元にないので正確ではありませんけど

上記のような意味合いのアオリでした。僕はそれをみたときに

なんとなくだけど

「あぁ・・・僕の少年時代はもう終わったんだ」と思いました。

同時にこの作品は、僕の子どもの頃の思い出となったのです。

 

もう、いいじゃん。

 

以前、ドラゴンボールZのリメイクである

ドラゴンボールZ改の放送が決まった事を知り、僕は

 

「日本のソフト制作能力ってそこまで落ちていたのか!」と

愕然としました。クールジャパンといったって、所詮その程度か。

過去の作品を使い回したり、それに接木をする程度のレベルかと。

 

ファンを怒らせるつもりはありませんがはっきりいいます。

 

ドラゴンボール

過去の作品であり古典である。と。

 

最終回になっているドラゴンボールの物語世界を再構築して

リアルタイムで楽しめる事は、決して幸せな事ではありません。

 

そこには単純に現在の日本のコンテンツ業界において

他人の褌で相撲を取る事が

最も多くの人に売れるソフトを作るメソッドになっているという事実しかないからです。

 

 

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