日本最大のメディア
「ヤフーニュース」はこうして作られる
上杉隆(ジャーナリスト)
ヤフーの軍門に下った大手紙
Photo:Kyodo
まずはヤフーニュースの歴史を簡単に振り返ってみたい。
孫正義率いるソフトバンクの子会社、ヤフーがニュース提供サービスを始めたのは一九九六年七月のことだ。ヤフーのサービスと言えば、当初は検索エンジンの存在が大きかったが、次第に検索システムに引っ張られる形でニュースの認知度も上がっていく。以来、ライブドアニュースなど他のネットニュースサイトを大きく引き離している。
SNSファウンダーの堀江貴文はその理由を、「やはり検索サービスでリードしたという先行者利益が大きかった。しかも、そこから抜かりなく手を打った」と分析する。
九六年に毎日新聞と提携したのを皮切りに、九八年には産経新聞、時事通信、そして〇一年には読売新聞とも提携関係を結んだ。〇七年には記事の下に各社の関連記事リンクを貼ることで、情報提供元への訪問者数を増やすという配慮も始めた。
「メディア事業を統括する川邊健太郎副社長が“ジジ殺し”で、新聞社幹部と飲み歩いたりしてコネクションを築いてきた」(経済部記者)
だが、躍進を続けるヤフーニュースに対し、大手メディアも危機感を抱く。朝日新聞、読売新聞、日経新聞の三社は〇八年、共同プロジェクトとしてニュースサイト「新s(あらたにす)」を開始。当時、日経社内にたびたび三社の社長室長クラスが集まり、ヤフーニュースへの対抗策などが話し合われたという。
「当初、日経や朝日は、すでにヤフーニュースに記事を配信していた読売に対し、『ニュースの安売りになるからヤフーに記事を出すな』と注文をつけていたようだ。だが、読売とすれば、ヤフーと連携することで自社サイトへ誘導して、広告収入増になる。ヤフーへの配信料も高額ですから、そう簡単には抜けられない。三社の足並みはあまり揃っていなかった」(大手紙幹部)
その後、あらたにすはあっさりと終焉を迎える。キッカケは一〇年三月から日経が独自に有料の電子版を始めたことだった。朝日も日経の後を追って有料の電子版を新たにスタート。だが、電子版の低迷が続いた朝日は結局、一二年十月、朝日新聞デジタル名義でヤフーへの記事販売を開始する。月間一億円を超えるという配信料は、部数減に悩む新聞社にとって決して小さい額ではない。
ヤフーにとってもメリットは大きかった。毎日や産経だけでなく、朝日や読売など三大紙が記事を配信することで、メディアとしての信頼性が上がったように見えるのだ。
「一時、読売がヤフーニュースからの離脱を噂された際には読売に値上げを提示して、難を乗り越えたということもあります」(同前)
いまや電子版で独自路線を貫く日経以外、ほとんどの大手メディアがヤフー陣営の軍門に下ったと言っていい。こうして、ヤフーニュースの牙城は築かれてきたのである。
対面取材を拒否した編集部
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ヤフーニュースには現在、大手紙や地方紙、スポーツ紙、週刊誌、情報誌、ネットサイトなど百五十社以上が記事を提供している。ヤフーニュースが一日に配信する記事は約四千本。そのうち、トピックス欄に掲載されるのは約百本だ。
ヤフーニュースは単純なアルゴリズムではなく、基本的に「人力」でトピックスに掲載する記事を決めている。どの記事をトピックスに掲載するのか、その権限を持っているのが、ヤフーニュース編集部である。
「配信契約を結ぶと、そのメディアの記事が自動的にヤフーに送られてきます。契約には一定のルールがあり、公序良俗に反するような記事を配信したりすると、契約を解除することもある。ただ、基本的に記事の配信作業は各メディア側に委ねられており、ヤフーは『場』を提供しているだけ。その中から、PVを稼げそうな記事をピックアップし、トピックス欄に上げ、さらに分かりやすい見出しをつけるのが、ヤフーニュース編集部員の仕事。彼らが世論を動かすニュースを選定しているようなものでしょう」(元ヤフー幹部)