【記者手帳】「真の努力は裏切らない」イ・スンヨプの新たな挑戦

【記者手帳】「真の努力は裏切らない」イ・スンヨプの新たな挑戦

 中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスの感染が拡大するなど暗いニュースが続く中、韓国国民に希望を抱かせてくれているのがプロ野球サムスン・ライオンズのイ・スンヨプ選手だ。イ・スンヨプは今月3日、浦項で行われたロッテとの試合で、プロ野球通算400号本塁打を放った。1995年5月2日、満18歳8カ月14日の年齢でプロ初の本塁打を放ってから、20年かけて達成した大記録だ。

 イ・スンヨプはもともと投手出身だ。小学校の時に遠投大会で入賞した際、別の学校から来ていたコーチにスカウトされた。1993年に大邱の慶北高校在学中、青竜旗全国高校野球選手権に優勝したが、この大会でイ・スンヨプは優秀投手賞を受賞した。ところが韓国のプロ野球でイ・スンヨプが投手として登録されたことはない。春のキャンプで肘を負傷したため、95年にプロデビューすると同時に打者に転向したからだ。

 イ・スンヨプは生まれながらの野球選手だ。親から受け継いだ恵まれた体格と天性ともいえる手首の強さは、まさに他を圧倒していた。動体視力にも優れ、回転するレコードに書かれた文字を正確に読み取る程度は朝飯前だ。これらは投手が投げるボールのスピードやコースをいち早く察知し、素早く対応するのに大きく役立っている。

 しかしいくら才能に恵まれていても、そこに努力と情熱が伴わなければ結果は残せない。また打者への転向後はパク・フンシク、白仁天(ペク・インチョン)、金星根(キム・ソングン)など、コーチにも恵まれた。先輩やコーチのアドバイスを自らのものとするため、深夜まで汗を流し練習に取り組むその姿勢と真面目さは、イ・スンヨプが偉大なスター選手に成長する土台となった。自国びいきと差別が激しかった日本にいた時、イ・スンヨプは「真の努力は決して裏切らない」という自らの座右の銘を自分で帽子に縫い付けたという逸話もあり、この話は多くのファンに感動を与えた。

 イ・スンヨプはその真面目さと周囲への気配りの姿勢でもよく知られている。2011年に日本から韓国に戻りサムスンに復帰する際、柳仲逸(リュ・ジュンイル)監督が最も評価したのがまさに彼の人間性だった。イ・スンヨプは通算400号本塁打を放った翌日、ロッテの李鍾雲(イ・ジョンウン)監督を尋ねた。勝負を避けず、投手に真っ向勝負を指示したことへの感謝の思いを伝えるためだった。李監督は「イ・スンヨプは本当にいいやつだ。他の選手たちから尊敬されるのもやはりそれなりの理由がある」と語る。イ・スンヨプは通算400号の副賞として受け取った5000万ウォン(約550万円)を、母校の慶尚中学に寄付する予定だという。サムスンの柳仲逸監督は「誰よりも早く球場にやって来て、黙々と練習するイ・スンヨプを見ているだけでも、若い選手たちにはとても良い刺激になる」と語る。イ・スンヨプのおかげでサムスンの選手たちはうぬぼれたり怠惰になったりすることはなく、それが4連覇を達成する大きな要因になった。これは野球解説者たちの誰もが指摘することだ。

 スポーツ選手の中には輝かしい名誉や莫大(ばくだい)な富を手にしたケースが非常に多い。しかしイ・スンヨプのように子供たちに「あの選手のように努力しなさい」と言えるような選手は意外と少ない。今年から使用される中学の教科書にはイ・スンヨプのインタビューが掲載されている。イ・スンヨプは「教科書に自分が載ったことで、二人の子供の父親としてまた新たな責任感を持つようになった」「今後も一層努力する姿を示していきたい」と話した。これこそまさに「国民打者」と呼ばれるにふさわしい姿勢ではないだろうか。

 イ・スンヨプは今「韓日通算600号」という新たな記録に挑戦しているが、そう遠くない時期にこの目標をいち早く達成し、「真の努力は決して裏切らない」という事実を再び立証してくれることを期待したい。

スポーツ部= 趙正薫(チョ・ジョンフン)記者
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