時代の正体<114>重なる戦争指導者の姿

安全保障法制考

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衆院平和安全法制特別委で、野党の質問に反応する安倍首相。奥は中谷防衛相=5月28日午後(共同)

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 新しい安全保障法制の関連法案をめぐる国会審議が深まらない。憲法違反とさえ指摘され、しかしかみ合わない政治家の言葉。この道はいつか来た道ではないのか。戦史・紛争史研究家の山崎雅弘さんに寄稿してもらった。

 現在国会で審議されている安保法制をめぐる議論は、後世の歴史家の目には恐らく「異常な事態」と映ることだろう。国権の最高機関である国会で、戦後70年堅持されてきた国の針路を大きく転換する動きが日々進行しているにもかかわらず、事態を歴史的な文脈で捉えた論理的・理性的な議論がほとんどなされず、むしろ論理学上の詭弁(きべん)術の教科書に載せられるような典型的な詭弁を、安倍晋三首相や菅義偉官房長官、中谷元防衛相らが平然と口にしている。

 首相や大臣は、論点を拡散して議論を混乱させるためか、次々と「具体例」や「個別の解釈」を提示しては、それと全く異なる例と解釈を数日後に述べるような行動を繰り返している。

 例えば、安倍首相は5月20日の党首討論で、他国領域での武力行使について「武力の行使や戦闘行為を目的に海外の領土や領海に入ることは許されない」と明言したが、菅官房長官は5月25日の定例記者会見で「他に手段がないと認められる限り、誘導弾(ミサイル)等の(相手国内の)基地をたたくことは法律的には自衛の範囲に含まれ、可能である」と説明した。中谷防衛相も翌26日の閣議後の記者会見で同じ趣旨の説明を行った。

 こうした一連の流れを俯瞰(ふかん)すると、現政権の重大な問題点が浮かび上がる。

 その問題点とは、大別すると(1)現実認識能力の欠如(2)対外交渉能力の欠如(3)人命軽視の思考(4)憲法と立憲主義への侮蔑-である。

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