小学校での英語教育の教科化のまえに、やることがある

貴戸理恵 | 関西学院大学社会学部准教授、アデレード大学博士課程在学中

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「グローバル化に対応した教育」として、文部科学省は2020年までに小学校3年生から英語教育を開始し、5年生で教科化する方針を打ち出している。

英語教育の早期化には、批判も多い。すでに指摘されているのは、1)英語ができる教師が少なく指導体制がない、2)グローバル化で英語が必要なのはエリートに限られる、3)効果的な教授法がわかっていない、4)日本語が確立されない段階で英語を教えて弊害がないか疑問、5)拙速な政治主導、6)受験科目化した際英語塾に投資できる家庭か否かで格差が開く、などである。どれも、もっともだ。

そもそも「グローバル化に対応した教育」とは何を意味するのか。「世界を飛び回るエリート」などではない普通の人にとって、グローバル化とは、生活のなかで「異文化の他者との出会い」の可能性が日々大きくなることではないだろうか。今、20年前には予想もつかなかった速さで、たくさんの情報やお金や物や人が、国境を越えて動いている。今の子どもたちが大人になる頃には、教室や職場で異文化と出会う機会はずっと増えるだろう。そのとき重要になるのは、「違いを言葉にして伝え合う」異文化コミュニケーションだ。

一方、日本の学校の教室で支配的なのは、空気を読み、ノリを合わせるものだ。本当は、一人ひとり個別の事情を持つはずなのに、違いに目を逸らし、空疎な言葉で「私たちは同じ」と確認する。たとえば、「昨日のあれ見た?」「見た見たーまじうけるよね」「ていうかキモイよな」「ほんっとまじキモイ!」――のようなやりとり。それは中身に何が入っても変わらない、ノリが同じ限りにおいてだけ意味を持つコミュニケーションだ。

だが、「ノリが違う」どころか、民族も文化も言語も異なる相手と出会ったとき、これだけでは何も始まらない。関係を築くには、「自分がどのような人間か」を相手にわかるように伝え、「相手がどのような人間か」をその言葉に耳を傾けながら理解する姿勢が重要になる。こうした異文化コミュニケーションは、身体に染み付いた作法のようなものだから、日ごろからやっていなければ、いざ異文化を前にしてもできるものではない。

これは、英語以前の問題である。英語ができても、まずは日本語で内容のあるやり取りができなければ、訳すことさえできない。逆に言えば、「違いを言葉にして、その上で通じ合う」という作法が身についていれば、英語の習得は中学生に入ってからでも遅くない。

まずは学校自体が、子どもたちにとって、異文化との出会いやコミュニケーションを育む場として、多様性に開かれる必要がある。

異文化とは何も「外国人」だけではない。たとえば、障害を持つ人と持たない人は互いに異文化だ。両者が同じ教室で学ぶ意義は大きい。しかし実際には、学校は「違い」を持つ存在との共生をますます避けるようになっている。2007年の設置から2013年までに、特別支援学校に通う幼児・児童・生徒は10万8千人から13万3千人へと増えている。

「グローバル化に対応する教育」が、「異文化の他者と出会う準備」なのであれば、今そこにある異文化を包摂する実践が重要だ。生徒たちが異文化コミュニケーションを学ぶとすれば、英語の拡充よりも、そうした社会の共生への取り組みからであるに違いない。

(東京新聞2015年6月掲載)

貴戸理恵

関西学院大学社会学部准教授、アデレード大学博士課程在学中

1978年生まれ。7歳から12歳まで不登校した後、学校に行くようになる。東京大学大学院の修士論文が『不登校は終わらない』(新曜社)として公刊される。関心は、「現代社会と生きづらさ」。教育、若者就労、女性、子育てなどを通じて「社会と個人のよりよい関係」について考えている。他の著書は『「コミュニケーション能力がない」と悩むまえに』(岩波ブックレット)、『平成史』(河出ブックス、共著)、『女子読みのススメ』(岩波ジュニア新書)など。

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