2015-06-09

キリスト教の人に聞いてみたい:私が生存は神への反逆か

私は、放置すれば数歳で死ぬ病気を持って生まれてきた。研究段階の手術を受け、そして、助かって成人した。

中学高校カトリックミッションスクールに通った。先生には信仰の厚い神父の方もいらっしゃったが、私の問いに答えてくれなかった。

キリスト教は、我々人間が神の被造物であると教える。

人が生まれるのは神がそう望むからである、と。であるならば、私が数歳で死ぬ体で生まれたのも神の意思であるはずだ。神は、私が数歳で死ぬことを計画されていたのではないだろうか。

一方、私の手術が成功したのは神の意志というよりは、医師研究者の成果だろう。

私の受けた手術と同じ手術を受け、助からなかった人が何人もいたことは、その後、私の手術を行った大学病院紀要から分かっている。

手術を受けた子らの中からランダムに死者を出すのが神の意思とは思えない。

とすると、手術を受けて生き残ってしまった私は、神の意思に反して生き残った事になる。

まり、私の存在自体が神の意思に反しているはずなのだ。したがって、私が生きていることは神への反逆であり、私は神への反逆者として殺されなければならないのではないだろうか。

神を信仰する者は、私を殺して喜ばなければならない。が、キリスト者は、今までの数十年間、私を殺していない。

特に、中高時代は、キリスト者の近くにいて、いつでも私を殺せる状況にあったのに、だ。なぜなのか。殺された時の無念さが大きくなるように、社会的成功させてから殺そうという魂胆なのだろうか。

なぜ、反逆者である私をキリスト者は殺さないのか。聞いてみたい。

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    理性もまた、神が人類だけに与えた武器なんだよ 理性について勉強してごらん

  • http://anond.hatelabo.jp/20150609194256

    一方、私の手術が成功したのは神の意志というよりは、医師や研究者の成果だろう。 いいえ、神の意志です 手術を受けた子らの中から、ランダムに死者を出すのが神の意思とは思...

  • http://anond.hatelabo.jp/20150609194256

    敬虔なクリスチャンなら、 「私が生かされたのは神の意志」 「与えられた能力を活かし成すべきことがあるはず」 と考えるだろうね。 今のローマ教皇は化学修士号取得者で医学・科...

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