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Listening:<開かれた新聞>委員会から 改憲論議、どう伝える

2015年05月29日

 憲法改正がかつてないほど現実味を帯びています。今月に入り衆参両院の「憲法審査会」が実質審議を再開しました。安倍晋三首相の強い意欲と安定した内閣支持率を背景に、自民党は、改正項目を緊急事態条項など具体的に絞り込んで議論するよう提案しています。戦後70年の節目を迎えた今年、憲法をめぐる報道をどう読み、今後どうあるべきだと考えるか、毎日新聞の「開かれた新聞委員会」の委員4人から意見をいただきました。(意見は東京本社発行の最終版に基づきました)

 ◇成熟した議論期待 慶応大教授・鈴木秀美委員

鈴木秀美委員
鈴木秀美委員

 憲法の未来を考えるうえで歴史の検証は欠かせない。ところが、「押し付け憲法論」を説く者は、日本国憲法制定過程の複雑な実態をみようとしない。また、憲法制定過程をよく知らない者は、「押し付け憲法論」を信じてしまう可能性もある。そういう意味で、毎日新聞が戦後70年の今年、「日本国憲法 制定過程をたどる」を連載し、また「戦後70年 これまで・これから」の特集の中で「『押し付け』薄い論拠」との見出しの下、制定過程を詳しく解説したことを高く評価したい。

 確かに現行憲法の草案を作成したのは連合国軍総司令部(GHQ)である。しかし、そうなったのは当時、日本政府が、ポツダム宣言受諾の意味を十分に理解していなかったという日本側の事情が大きいはずだ。

 GHQはこの宣言が国民主権原理の採用を要求していたと解釈しており、天皇主権を維持する松本案(政府の憲法問題調査委員会の案)を知ってあまりにも保守的な内容に驚いたという経緯がある。記事では、GHQの動きの背景にポツダム宣言があったことにもふれておくべきであったと思う。

 憲法記念日の特集記事の中で五百旗頭真氏が指摘する通り、今に至って憲法制定の経緯を持ち出し、改憲の必要性を説くのは適切ではない。また、そもそも「押し付け」だからと批判する一方で、「お試し」論で改憲を押し切れば国民を愚弄(ぐろう)することになり矛盾する。

 毎日新聞には、現状のお粗末な改憲動向を単に批判するにとどまらない、成熟した自由な憲法論議の場を提供することを期待したい。

 ◇国民の意識、可視化を 評論家・荻上チキ委員

荻上チキ委員
荻上チキ委員

 憲法は、国民が国家をコントロールするための重要な道具だ。国家が巨大な「馬」だとすれば、憲法は「手綱」の役割を果たす。「手綱」には、進路を決める役割もあれば、暴走を止めるための役割もある。どのような社会を築きたいのか。国家に何をさせ、何を禁じるのか。憲法談議は、未来を創造するための作業でもあり、その役割に古いも新しいもない。

 憲法の文章を変えるということは、国家の役割を現状のものから変えるということ。そこで求められるのは、具体性の検証だ。仮にメディアが「作られ方が気に食わない」「他の国もやっている」「なんとなく古く感じる」といった「気分の言葉」ばかりを垂れ流しては、憲法談議を貧しくしてしまうだろう。憲法を変えないと困る事態というのは何か。違憲だったものが合憲に、合憲だったものが違憲になるとして、変更後の文言にはいかなる「解釈の幅」が生まれるのか。そのほか具体的な疑問点について、政治家の言葉を聞き出し、専門家の意見を紹介することが必要だ。

 メディアには常に、専門知識を分かりやすく伝える努力が求められているが、憲法はさらに「別格」だと言っていい。全ての国民に関わることであり、だからこそ国民投票という特別な手続きが定められている。かみ砕いて説明するだけでなく、世論調査や議員アンケートなどを通じ、憲法への理解がいかなる状態になっているのか、常に可視化してほしい。

 ◇「お試し」論、検証必要 ジャーナリスト・池上彰委員

池上彰委員
池上彰委員

 憲法改正論議で常に出るのが「いまの憲法は連合国軍総司令部(GHQ)によって押し付けられた憲法だ」という主張です。

 この主張に根拠があるのか。本紙は5月3日付の「戦後70年 これまで・これから」特集で、この主張を検証しています。当時、在野の憲法学者らでつくる「憲法研究会」が国民主権を明記し、象徴天皇制に近い定義をまとめた「憲法草案要綱」を発表。GHQにも届けていたことを明らかにしています。「押し付け」論の根拠が薄いことを指摘しています。また、「日本国憲法 制定過程をたどる」の連載で、憲法改正草案の制定に当たり、日本側がGHQ案を積極的に修正した事実を取り上げています。こうした事実の発掘が、いまの新聞に求められています。

 憲法改正をめぐる最近の論議で、驚くべきことは「お試し改憲」の動きです。国民を改憲に慣れさせるため、反対の少ないところから手をつけようという発想に潜む国民蔑視。本紙が社説で批判したのは当然のことです。

 今後は、「お試し改憲」の検討項目の中に挙げられている「緊急事態条項」についても検証してほしい。ドイツのワイマール憲法は、ヒトラーが政権を掌握した後、大統領の大権条項を使って、憲法改正することなく骨抜きにしていった歴史があるからです。

 ◇暮らしから考える ノンフィクション作家・吉永みち子委員

吉永みち子委員
吉永みち子委員

 日本国憲法の制定の過程を初めて知ったという人がけっこういた。押し付け憲法という言葉が改憲理由のひとつとして浮上して解説記事を読んだからだという。これまで憲法の下で生きていながら、憲法のことを実は何も知らなかったということを初めて知ったというのが、今の状況のような気がする。憲法は政権のものでも総理大臣のものでもない。国民のために存在するものなのだから、国民が置いてきぼりにされたままでいいはずがない。

 これまでの9条をめぐる攻防のように、左から右から憲法を引っ張りあってきたことが、憲法そのものを厄介なものとして国民から遠ざけてしまったような気がする。そもそも憲法とは何のために存在するのか。立憲主義とは何なのか。護憲側にも改憲側にも欠けていたのは、そういうど真ん中から憲法を考えることではなかったか。そのために、改憲を考える足場が固まらず、安保上の不安を突かれると揺れ動いてしまう。そこをきちんと固めるための記事が必要なのではないかと思う。

 憲法は右側か左側かで考えるものではない。右にも左にも立てない人が黙り込むようなことがあってはいけない。政治課題として目前に日程が迫ると、つい状況に対応するための解説や記事になりがちだが、国民と国家の関係の根本を見据えて、暮らしから憲法を考える足場になる報道を望みたい。

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 ◇節目の年、議論重ね 政治部長・末次省三

 毎日新聞は毎年、憲法記念日に合わせ、政治部、社会部が中心になって取材を進め、「憲法特集」を掲載しています。

 たとえば、憲法改正を目指す安倍晋三首相が政権の座に返り咲いてから初の憲法記念日となった一昨年は、その時点での憲法改正論議の状況を詳報。新たな安全保障法制の議論が進行する中で憲法記念日を迎えた昨年は、集団的自衛権に焦点をあてた特集紙面を展開しました。

 戦後70年の節目の年であり、憲法改正が具体的な政治テーマに浮上している今年はどうするか? 担当デスク、担当記者らが早春から議論を重ねました。その結果、節目の年だからこそ改めて制定過程をひもとく必要があるのではないかという結論に達しました。

 過去の言動から首相が「押し付け憲法論」に立っていることは明白です。そこで、制定過程の中でも「本当に押し付けられた憲法なのか」という点にこだわりました。学説としても定まっていない面があり、断定することは避けなければなりませんでしたが、取材に基づいて一定の方向性は示すことができたと考えています。

 実際に憲法改正となると、国民投票が実施されます。国民一人一人が真剣に憲法に向き合うことが求められています。衆参両院の憲法審査会が本格的な議論を再開したことから、憲法を紙面で取り上げる機会がより増していくと思います。

 今後も「憲法は国民のもの」という原点を忘れず、読者の皆さんに判断材料を提供していくつもりです。

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 ◇特集記事や連載、多角的に展開

 毎日新聞は、今月3日の「憲法記念日」の紙面で▽特集面「戦後70年 これまで・これから」▽連載「日本国憲法 制定過程をたどる」全4回(3〜6日朝刊)を掲載。1945年の敗戦直後から日本政府や民間の研究会が憲法作成に積極的に関与したことを紹介し、連合国軍総司令部(GHQ)による「押し付け憲法」との意見に疑問を呈した。特集面では、自衛隊の歩みを振り返り、改憲が及ぼす現実的な影響も取り上げた。

 社説では「国民が主導権を握ろう」(3日朝刊)「『お試し』には乗れない」(8日朝刊)などで取り上げ、改正しやすい項目から議論する「お試し改憲」の手法を批判。時代にそぐわない条文については改憲議論を認めた上で、憲法は「国民を縛るものではなく権力を縛るもの」との根本原理の重要性を説いた。

 このほか、各党憲法担当幹部へのインタビュー「改憲を問う 各党の主張」全5回(4月30日〜5月6日朝刊)で自民・民主・公明・維新・共産の意見を紹介。衆院憲法審査会が実質審議を再開した翌5月8日朝刊は議論の詳細を報じ、各党意見の要旨も掲載した。

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