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美しく 樹つる 石が根

こんにちはチャンです。 瞬間こそ永遠。 寄せては返す波のように日々繰り返される営みを、淡々とこなす人こそ、 永遠とも思える楽しく美しい時間を過ごせるのだと思います。 私は 自らの二本の足を地面に貼りつけて、ゆっくりゆっくり進んでゆきます。 テキパキと動いたり、要領よく物事を理解したり、 早く喋ったりはできません。 残りの三十代を今まで通り 牛歩の如くのっそのっそと前進するだけです。

金刀比羅宮(こんぴらさん) と掃海殉難者

“終戦時、日本近海には米国がばらまいた機雷が約1万700個も残存していた。
その除去はまさに日本復興の急務であり、帝国陸海軍が消滅した中で、旧海軍兵による「航路啓蒙隊」は作戦行動を継続することとなった。
敗戦直後で装備もろくにない中、老朽艦や徴用の漁船に乗り、劣悪な環境の中で機雷を一つ一つ見つけては、慎重を期して処理するという、気の遠くなるような作業に命がけで当たった人々がいたのである。
朝鮮戦争ではマッカーサーの要請で、米国の上陸支援作戦のためにこの掃海部隊が派遣された。
紛れもない参戦でありながら「米国雇用の公務員」という立場で、大義名分も明らかにされず、日章旗も掲げられない艦で、壮行も受けずに部隊は出動した。
この派遣で掃海艇一隻が機雷に触れ沈没、1名が死亡。
しかし「憲法違反」と非難される派遣のため、朝鮮戦争で死んだ事は厳重に口止めされた。
朝鮮戦争掃海派遣は高く評価され、講和条約締結に大きく貢献したという。
それに何よりも彼らが命がけで航路を開かなければ、戦後の復興は始まらなかったのだ。
しかし、その功績はほとんど無視され、忘れられてきた。

朝鮮戦争の1名を含む79名が殉職したが、彼らに「戦死」の名誉は与えられない。靖国神社にも祀られない。

香川県・琴平の金刀比羅宮掃海殉職者顕彰碑があり、毎年追悼式が行われているが、それを知る人も多くはない。” 
小林よしのり著「国防論」より〜




こんにちはチャンです。
本日 5月27日は、日本海海戦勝利を祝した海軍記念日です。
掃海殉難者や御英霊をはじめ、この国の為に その尊い命を捧げられた方々、また現役の自衛隊の皆さんに感謝の誠を捧げます。

私が住む香川県琴平町にある 金刀比羅宮(こんぴらさん)では、今週末に、第64回 掃海殉職者追悼式が執り行われ、高松港では、 掃海母艦「ぶんご」と掃海艇が一般公開されます。


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※写真は2012年に、こんぴらさんに参拝したときのものです。
家内と掃海殉難者顕彰碑に手をあわせ、我が国の為に命を捧げられた御霊を慰霊顕彰させていただきました。
吉田茂元総理の揮毫だそうです。

チャン(林貴史)Facebook