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”All alive are fitting.” 「生きてりゃ適者です。」

2015-05-22

福島の甲状腺検査で過剰診断論が退けられた理由

さて、先日の第19回「県民健康調査検討委員記者会見では甲状腺がん悪性ないし悪性疑いの人数が平成26年度の本格調査では15人、先行調査では 112人、計127人(良性1例、低分化がん3例含む)になったことが明らかになりました。

特に本格調査に関しては前回なかったものが今回出てきたことになり、極端な誤診の可能性を除けば新たな発症のおそれを退けることは難しいでしょう。実際今回のとりまとめでは「数十倍のオーダーで多い」という表現が加わり、事態の切迫度を示しています

甲状腺がん「数十倍のオーダーで多い」(甲状腺評価部会中間とりまとめ)http://oshidori-makoken.com/?p=1094

2015.5.18開催【第19回「県民健康調査検討委員会】関連ツイートまとめ http://togetter.com/li/823211

では先行検査の分は「過剰診断」といえるかというと、そう単純ではありません。

第6回甲状腺評価部会では過剰診断論が議論されましたが、「甲状腺検査に関する中間取りまとめ」に検査治療方法についての変更はなく渋谷健司委員の主張する過剰論はここで事実上却下されたといえます

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/107582.pdf

その後も過剰論を燻らせる人物もいるようですが、ここでぼんやりした一般論ではなく、福島のケースをもとになぜ過剰診断論が退けられたのかを見ていくことにしましょう。

渋谷委員の論が受け入れられなかった理由は、大きく言って二つあります

1.検査治療に関する具体的な指摘が皆無であったこと

2.すでに過剰診断・過剰治療に対して最大限の配慮がなされていること

1.検査治療に関する具体的な指摘が皆無

たとえばLancetに渋谷氏が書いた文章(correspondence:コメントのような短信)をみればわかるように

Time to reconsider thyroid cancer screening in Fukushima http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2814%2960909-0/fulltext

福島甲状腺検査の実際の方法症例について、 なにをどのようにすべきなのか、という具体的な主張がまったく見られません。プロトコルを再考すべきというわりに、具体的なプロトコルについては一切触れようとしない。これでは現実福島での問題資することはありません。

これは氏に続いて過剰論をにおわせようとする方々にも共通な点ですね。


2.すでに過剰診断・過剰治療に対して最大限の配慮がなされている

こちらは実際には1.の理由といってもよいでしょう。変えるべき基準が見つからないから指摘もできない、というわけです。以下に具体的な状況について見ていきましょう。

まず前提となる点をいくつか。

・そもそも大規模な甲状腺検査自体必要ない?

こういう立場の方もいるかもしれません。これは原発事故がなければともかく、事実原発事故が起き、不当な被曝が生じ、チェルノブイリ事故における放射線被曝で甲状腺がんの増加がはっきりしている以上、甲状腺への影響についてきちんと検査治療を受ける権利保証されねばなりません。ここは議論余地はないでしょう。

チェルノブイリ甲状腺がんの歴史と教訓 http://togetter.com/li/578876

・被曝量が少ないから検査必要ない?

たとえば甲状腺治療ではもっと高用量を使うが発がんしないから大丈夫だとか、チェルノブイリでは高線量だったとか。

まず「甲状腺治療では高線量」論は上記のような疫学的結果を無視していますし、第一、日本甲状腺学会による「バセドウ病131I 内用療法の手引き」をみると

http://www.j-tajiri.or.jp/old/source/treatise/070/RI_guideline.pdf

「若年者に131I 内用療法を行う場合は,甲状腺癌の発生の危険性を小さくするため,大量の放射性ヨードを用いるべき」

「131I 大量投与により残存甲状腺組織がより少量となり癌の発生母地が減少することによると考えられる」

とあり、高用量での治療では細胞組織のもの死滅するが、低用量ではむしろ発がんリスクが高いことを指摘しています

またチェルノブイリ事故の例では高線量だった、という主張ではよくベラルーシのゴメリ州高線量地域などが引き合いに出されますが、以下のような低線量地域ブレスト州でも甲状腺がんは明らかに増加しており、低線量だから増加しないという主張は正しくありません。

f:id:sivad:20150419223651j:imagehttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15221314

f:id:sivad:20150419223652j:image:w360https://www.env.go.jp/chemi/rhm/conf/conf01-08/ext02.pdf

また上記のまとめや牧野淳一郎氏の被曝評価と科学的方法 (岩波科学ライブラリー)にもあるように、 チェルノブイリ事故においても被曝線量の評価は二転三転しており、被害が明らかになるにつれて数倍も引き上げられてきた歴史があります

さらにリスク係数の過小評価等も加わって、事故後4年の1990年では甲状腺がんの増加について2〜3桁の過小評価になっていたことがわかっています

1990年時点での甲状腺がん発生予測がすごい http://togetter.com/li/452452

まり、「推定」とはそういう精度のものであるという認識必要です。福島場合、study2007氏の「見捨てられた初期被曝」にあるような事故後の評価体制問題もあり、今後線量についてはさらに混迷するおそれがありますhttp://togetter.com/li/823755

・低線量ではDNA修復があるから大丈夫

のような珍説もあります。いわゆる閾値あり説で疫学研究の結果には反しますし、そもそもDNA修復について勘違いをしている可能性が高いです。確かに細胞DNA損傷に対して修復機能を持っていますが、この場合の「修復」はDNAを完全に元の形に復元できるという意味ではありません。むしろ修復の過程遺伝子変異ゲノム不安定性が生じる、つまり修復自体に発がんリスクが組み込まれているというのが正しい認識です。「損傷―修復イベント」は増せば増すほど発がんリスクは増すわけですから閾値なしモデル矛盾はないのです。

たとえば以下のような資料が参考になるでしょう。

植物における量子ビーム誘発突然変異分子機構解明に関する研究 http://www.ige.tohoku.ac.jp/rinkai/project1-7.html

別の染色体DNA損傷が、正常な染色体にも影響を与えることを確認 http://www.natureasia.com/ja-jp/jobs/tokushu/detail/325

では

甲状腺検査の実際

を見てみます

福島県立医科大学における福島県甲状腺検査について http://www.fmu.ac.jp/radiationhealth/workshop201402/presentation/presentation-3-1-j.pdf

いわゆるABC判定ですが、二次検査が行われるのはB判定以上ということになります

B判定は『5.1mm以上の結節や20.1mm以上ののう胞を認めたもの等』とされています。ではこの基準は「過剰」といえるでしょうか?

まず「20.1mm以上ののう胞」ですが、子ども首にこのサイズののう胞があれば圧迫感などの自覚症状も出始めますし、触知も可能でしょう。この大きさはスクリーニングとは関係なく見つかるものといえます

そして重要なのが「5.1mm以上の結節」。

成人でいうところの微小癌は1cm以下のものを指しまから、これはサイズとしては小さいものといえます。では過剰か?というとさにあらず。先の渋谷氏文章でも引用された、過剰診断を論じている総説

Thyroid cancer: zealous imaging has increased detection and treatment of low risk tumours http://www.bmj.com/content/347/bmj.f4706

を見てみましょう。

こちらの”Guideline recommendations”には

Thyroid nodules ≥5 mm and with ultrasound features suggestive of thyroid cancer and nodules in patients with a family history of thyroid cancer or a history of radiation exposure should be investigated by fine needle aspiration biopsy

まり放射線被曝歴がある場合には5mm以上の結節は生検すべきである、と書かれています

福島場合二次検査でもまずは詳細な超音波検査血液・尿検査で、すぐに生検するわけではありませんから、過剰どころか足りないくらい。つまり、過剰診断を問題視する立場からみてもむしろ基準は緩められているといえます

では最も重要

・手術例について

はどうでしょうか?

福島甲状腺検査での手術の適応症例に関しては少し前のものですがこちらに資料があります

手術の適応症例について http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/90997.pdf

術前診断では、腫瘍 径 10mm超は 42例(78%)、10mm以下は 12例(22%)であった。また、10mm以下12例のうちリンパ節転移、遠隔転移が疑われるものは 3 例(5%)、疑われないもの(cT1acN0cM0)は 9例(17%)であった。

この9例のうち7例 は気管や反回神経に近接もしくは甲状腺被膜外への進展が疑われ、残りの2例は非手術経過観察も勧めたが本人の希望で手術となった。

なお、リンパ節転移17 例(31%)が陽性であり、遠隔転移は 2 例(4%)に多発性肺転移を疑った。

*1

鈴木眞一氏は第3回甲状腺評価部会においてガイドライン準拠して治療を行っている旨を述べていますが、

http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3766.html

上記の手術例を見る限り、甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版CQ20

甲状腺微小乳頭癌(腫瘍径1 cm 以下)において,ただちに手術を行わず非手術経過観察を行い得るのはどのような場合か?」http://www.jsco-cpg.jp/guideline/20_2.html#cq20

準拠しているとみてよいでしょう。

術前診断(触診・頸部超音波検査など)により明らかなリンパ節転移や遠隔転移甲状腺外浸潤を伴う微小乳頭癌は絶対的手術適応であり,経過観察は勧められない。

福島での手術例は1cm以上で(成人でいう)微小癌に当てはまらないものか、術前診断において転移や浸潤があるもの、つまり絶対的手術適応が基本となっているわけです。しかもこれらが成人ではなく、より進行が激しいとされる子供において、すでに計103名出ているのが現在の状況ということです。

*2 *3

医院解説にもあるように、甲状腺の潜在癌の議論基本的に成人の1cm以下の微小癌についてのものであり、これらの中には進行しないか、極めて進行が遅いものがある、という前提に基づいています

甲状腺の微小癌Microcarcinoma of the Thyroid http://www.kuma-h.or.jp/index.php?id=44

したがって1cmを超えて成長しているものや、診断時に転移浸潤している、つまりすでに「進行している」ものについては潜在癌の議論自体適用できません。それどころか、成人の例では診断時に転移嗄声のある微小癌は特に高リスクであるという報告すらあります

Symptomatic versus asymptomatic papillary thyroid microcarcinoma: a retrospective analysis of surgical outcome and prognostic factors. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10426589


さて仮に福島甲状腺検査が「過剰」であるとするならば、渋谷氏の論考にあるように、これらの検査治療基準を再考・変更しなければならないわけです。

ところがここでみたように、福島甲状腺検査基準はすでにこれ以上緩めると絶対的手術適応のがんでさえとり逃してしまう、というギリギリのところに設定されています

確かに以下にあるように、子供甲状腺がんはきちんと治療すれば、生命予後は成人と比較して一般によいと言われています

小児甲状腺癌あるいは小児濾胞癌は成人例に比較して予後に差異存在するか? http://www.jsco-cpg.jp/guideline/20.html#cq2

しか対処が遅れて転移や浸潤が進行すれば切除の範囲が広がるなど治療の侵襲性は増加しますし、後遺症リスクも増えます甲状腺全摘になれば一生ホルモン剤の投与が必要となります特に転移を起こしてしまうと放射性ヨード内用療法が行なわれる可能性が高くなりますが、この際は必ず全摘 になってしまます

また鈴木氏は福島症例ではBRAF変異という遺伝子型が多いと報告していますが、

福島県の小児甲状腺がん症例について現在わかっていること http://fukushimavoice2.blogspot.jp/2014/11/blog-post.html

この変異型は遠隔転移した場合に放射性ヨードが効きにくいなど、予後が悪い可能性を指摘する報告もあり、予断を許さない状況です。*4

Association between BRAF V600E mutation and mortality in patients with papillary thyroid cancer. http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23571588

BRAF V600E遺伝子変異甲状腺乳頭癌の予後に与える影響について http://rokushin.blog.so-net.ne.jp/2013-05-22

甲状腺検査受診率が伸び悩んでいる状況で、具体的な指摘もなく、なんとなく過剰診断を匂わすような専門家発言はなんら患者のためにならないどころか、よりいっそう受診対応を遅らせ、侵襲性や後遺症、予後のリスクを増すだけだといってもよいでしょう。

まとめにあるようにチェルノブイリ事故での甲状腺がんにおいても、被曝量の過小評価スクリーニング説などが飛び交う中、症例における転移の多さや進行度から実際の増加であるとの指摘が相次ぎ、結局はそれが正しかったという歴史があります

実際の症例をきちんと検討することが子供患者を守ることにつながります。その意味において、検査責任者としてこれまで実地に症例検討してきた鈴木眞一氏から甲状腺手術は専門外の大津留晶氏への交代は非常に問題が多いと考えられます

実際に質疑においても大津留氏は症例についてまともに答えることすらできていません。

福島の小児甲状腺がん疑い例含め126人に〜鈴木眞一氏は退任 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node/1915

これでは事態悪化させるだけです。

国連人権理が勧告するように、きちんとした情報公開がなくては信頼は生まれようがありません。その点残念ながら県の姿勢はむしろ逆行しつつあるといえるでしょう。

受診が低調になっていく間にも、がんは進行していきます。いかに口先で誤魔化そうが、がんには通用しないのです。

*1:ちなみに術後病理診断はざっくりしていますがこちら。「術後病理診断では、腫瘍径10mm以下は15例(28%)かつリンパ節転移、遠隔転移のないもの(pT1a pN0 M0は 3例(6%)であった。甲状腺外浸潤 pEX1は37%に認め、リンパ節転移は74%が陽性であった。」

*2:ちなみにこちらの総説では、進行の早い子ども場合には1cm以下でも微小癌の定義は当てはまらないとされていますhttp://d.hatena.ne.jp/sivad/20130311/p1

*3:また一部の人が引き合いに出そうとする韓国ではこちらの論文によると1 - 0.5cmで100%、0.5cm以下でも92.6%が手術対象となるようで、福島甲状腺検査での手術基準とは相当にかけ離れており、直接比較するのは難しいでしょう。Practical Management of Well Differentiated Thyroid Carcinoma in Korea https://www.jstage.jst.go.jp/article/endocrj/55/6/55_K08E-188/_article

*4:BRAF変異は成人に多いが、地 域やヨード摂取量によっても変動し、詳細なメカニズムはわかっていない。https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/98/8/98_1999/_pdf

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