もう記憶の彼方に消え去ったかもしれないが、2003年わが国は狂牛病が発生した米国産牛肉とカナダ産牛肉の禁輸を巡って大騒ぎしていた。その後2006年小泉内閣により、輸入再開のための苦肉の策として、危険部位を除去した20カ月以下の牛肉に限る条件で禁輸が解除された。
いまだに予防できない
なぜここまで大騒ぎしたかというと、現在もなおプリオン病に対して私たちは予防以外の方策を持たないからだ。
幸い、その後はこの騒ぎは静まったまま現在に至っているが、どこに新たなプリオンの種が眠っているのか分からない。実際、人間も含めて動物はプリオンと同じアミノ酸配列を持つタンパク質を作り続けている。偶然の引き金が、これをプリオン型の構造に変えるかもしれない。同じタンパク質が形を変えるだけで病原性のあるプリオンに変わり、正常のタンパク質をプリオン型にたたみ直しつつ感染を拡大する。
これほど恐ろしいプリオン病も、感染動物を食べなければ防ぐことができると考えられ、これが牛肉の全面禁輸騒ぎの理由だった。
今回紹介する米国テキサス大学からの論文は、この心配以外にもプリオンの種が維持され続ける経路を示唆した研究だ。タイトルは「草本は感染性のプリオンと結合し、維持し、摂取し、伝搬する(Grass Plants Bind, Retain, Uptake, and Transport Infectious Prions.)」。
要するに、家畜がエサとしている草が感染性のプリオンの維持伝達ルートとなっている可能性を示唆する恐ろしい研究だ。
植物にプリオンが定着
なぜこのような可能性を思いついたのかといぶかしく思いながらイントロダクションを読んでみると、動物だけでなく、動物の飼育環境の中でも感染した家畜の排せつ物や死体に含まれていたプリオンが保たれる可能性が示されていたようだ。
実験的に確かめるため、著者らはまず、麦の根や葉を、プリオンが感染したハムスターの脳抽出液にさらして、よく洗った後で感染性のプリオンが残存しているか調べている。プリオンは感染性を保ったまま、根や葉と強く結合していると確認した。次に、草に結合したプリオンが動物に感染するか調べるため食べさせている。直接、脳の抽出液を食べさせたのと同じようにプリオン病を起こして動物は死亡した。
プリオン病にかかると家畜はと殺される。直接脳に存在するプリオンが広い範囲の草に触れる心配はそうない。感染した家畜の尿やフンであれば別だ。プリオンが草と結合すれば、プリオンによる環境汚染の阻止は難しい。
草を尿やフンにさらした後、プリオンが結合しているか調べると、結果は「陽性」。プリオンは結合しており、排せつ物を通してプリオンによる環境汚染が起こり得ると確かめられた。
植物の成長過程でも残存
さらに、成長中の草にプリオンを含む脳エキスを噴霧して、49日間にわたって草をそのまま成長させ、成長した根や葉にプリオンが存在するか調べたところ、感染性のプリオンは成長している生きた草に長く保たれていると分かった。
最後に、まだ種から発芽したばかりの成長前の草にプリオンをさらし、成長後の葉や茎にプリオンが存在するか調べる実験を行っている。感染性のプリオンが植物内に取り込まれ、葉や茎に維持されると明らかにしている。
この結果は、感染性のプリオンは低い濃度で環境と家畜を出入りしながら量を増やしている可能性を示している。プリオン分子が1個でもあれば、動物内でプリオン型分子の数は増えられるので、濃度が低くてすぐに病気が発症しない場合も、環境と動物を行き来するうち、病気発生が起こるかもしれない。
もしそうなら、プリオンに汚染された環境ではいつかプリオン病が発生する可能性は残っている。
さて、この新しい可能性にどう対応すればいいのか、にわかには信じられないが、冷静に議論する必要がある。
●訂正(2015/5/22)
・見出しと本文の中で植物中で増えると記載しましたが、正しくは保たれるです。お詫びして訂正いたします。
文献情報
Pritzkow S et al. Grass Plants Bind, Retain, Uptake, and Transport Infectious Prions. Cell Rep. 2015 May 12.[Epub ahead of print]
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25981035
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