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Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

五月病になる方法。

 亡くなった上司は「北国生まれの薩摩隼人」というプロフィールから性別や血液型に至るまで、すべてにおいて何ひとつ信用出来ない人物で、僕は、彼の言動のすべてを信用していなかったのだけれど、下手な鉄砲でも一万回打てば一回くらいは当たってしまうもので、「部下をもつことは勉強になる」という発言だけは的を射たものだったらしい。部下の話だ。2月から僕の下で働いていただいている部下1号(仮名)が大変優秀で、会社が壊滅的な状況にもかかわらず、我が営業部は彼の力もあって目標数値をオールクリアしており大変助かっている。しかし、いかに優秀な部下とはいえ異なる慣れない環境でストレスがあったのだろうね、不眠や胃痛や眩暈を訴えてはじめた…部下ではなく僕が。

 

 一言でいえばジェネレーションギャプ。部下の言っていることが僕(41)にはいちいちわからず、一つ一つの発言は大したことではないがボディブロウのように僕の心身に深く効いてしまった。

・ストレスフルワード1「ノロシあげてきまーす」(訳/今からタバコを吸ってきます)

・ストレスフルワード2「今日は出先からドラゲナイです」(訳/直帰します)

いつから個性なるものは、《やらないでいいこと》《言わないでいいこと》を《やる/言う》ことになったのだろうか。僕にはわからない。変なことは個性ではなく変なことなのだ。

 

 そのうえ他部署の人からも事あるごとに「アンタんとこの部下、何とかならない?」「優秀かもしれないけどもう寄越さないでくれ」と言われる始末。ストレス。現場研修を兼ねて他部署に預けた際、無断で場所を離れて戻らない、度々のタバコ休憩で戻らない、のドラゲナイ状態で、その場で注意されても「営業は数字だけを追い求めればいいと課長には言われている」と答弁し、僕に責任を転嫁したそうである。ストレスフル。

 

 不眠。胃痛。眩暈。彼がいるかぎり僕は眠れない。「あいつ、会社に来なくなればいいのに…」とまでは思わなかったけれど、鎌倉鶴岡八幡宮で来なくなるように祈願はしておいた。仕事が出来るだけに始末が悪い。ストレスで睡眠は一時間取れればいいレベル。胃痛はキリキリ。眩暈が酷く、スマホの小さい画面を見ることは出来なくなった。バイバイ、ツイッター。

 

 営業の成績がいくら優秀でもこれではダメだ。優秀な部下を生かすも殺すも自分次第、僕自身を生かすも殺すも自分次第、そう思った僕は嫌われることを厭わず、部下1号の行為を注意した。すると彼は「課長…《営業マンはノルマを追求すればいい》そうおっしゃったのは課長ではありませんか」と答えた。イカス!ストレス!想定内!「言ったよ」「私は課長の命令に従ったまでです。私の本業の仕事ぶりに問題はありましたか?」「ないよ」と僕は返し、イライラを押し殺しパワハラにならないよう一語一語注意しながら「でもさ、営業の仕事以外の仕事を蔑ろにしろと言ったか?あぁ?言いましたか?あぁ?言・い・ま・し・た・か?」と激しく問い詰めると「仰ってませんが、私的にはNGです」と彼は素直に己の非を認めてくれた。よかった。

 

 よくなかった。当該部下1号が五月病を理由に会社に来なくなったのはゴールデンウイーク明けのことだ。鎌倉鶴岡八幡宮スゲー。理由はストレスによる五月病。どうやら五月病は自由になれる病らしい。ビバ五月病!「ストレスってお前が言うか?」って思うよりも、実のところ僕はホッとしていた。これで眠れるのだと。

 

 ところが優秀な部下は、その優秀な頭脳を別の方向にフル活用していた。総務・人事のコンプライアンス担当の人にストレスの原因は僕にあると訴えたのである。おかげで僕はコンプライアンス担当の人から、注意の仕方が悪い、優秀な営業マンを失ったら責任問題だぞ、これはモラハラかつパワハラに該当するぞ、と激しく叱責された。部下。他部署。総務・人事。三方向からの集中砲火。僕は叱責のあいだ、眩暈に耐えて立っているだけで精いっぱいだった。

 

 翌朝、不眠と胃痛と眩暈に加えて激しい吐き気と頭痛を催して限界を感じた僕は休みを願い出た。五月病が理由だ。すると部下の五月病をメンタルの問題として丁重に扱っている会社は、僕の休みを「甘え」のひとことで片づけた。それが平成27年5月12日の出来事で、それから本日5月21日まで、僕は激しい頭痛と胃痛と眩暈と吐き気の療養のために会社を休んでいる。眠れない。僕の五月病は甘え。それでも、もう、全然、構わない。