組体操は4段以下に 「見栄えよりも安全性」 巨大化・高層化の見直し始まる

内田良 | 名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授

「見栄えよりも安全性を」 愛知県長久手市 平成27年3月定例教育委員会 会議録

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■巨大化・高層化しながらの大流行

運動会のシーズンがやってきた。全国の学校で、本番に向けての練習が始まっている。

その運動会の花形種目である「組体操」が、この10年、全国の学校で、巨大化・高層化しながら大流行を見せてきた。

人間ピラミッド(四角すい)は、100人を超える生徒を動員して、高校では11段、中学校では10段にまで達している。さらに小学校でも、9段の記録が確認されている。また、タワー(円すい)では、6段を達成した中学校がある。

この組体操ブームがいま、転機を迎えようとしている。

■リスクの認識 拡がる

巨大組体操がもつ「リスク」が広く認識されたのは、ちょうど一年前のことであった。

リスクの詳細は、拙稿「【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい 組体操リスク(1)」を含む一連の記事5本【注】を参照いただきたい。

おおざっぱに言うと、組体操は学習指導要領に記載がないにもかかわらず、小学校では3番目にケガが多い種目(他の種目は学習指導要領に記載あり)である。そして10段の人間ピラミッドでは、高さ7m、土台の最大負荷は一人あたり3.9人分(中3男子で200kg超)に達する。同時多発骨折事故も起きている。

組体操はもはや、安全管理を徹底しても制御できないほどに巨大化し、事故を多発させている。とるべき道は、組体操の縮小化しかありえない。

記事により組体操のリスクは知られるようになったものの、しかし、世論は真っ二つだった。リスクの指摘に賛同する人も多くいたが、教育関係者を中心に多くの人たちが反発をした。

■教育系人気誌の変化

人気誌が態度を変えた(『小六 教育技術』(小学館)2015年5月号表紙)
人気誌が態度を変えた(『小六 教育技術』(小学館)2015年5月号表紙)

そして、一年を経て、再びこの季節がやってきた。

毎年5月号に特集を組んで組体操を推奨し、ブームの一翼を担ってきた教育系月刊誌『小六 教育技術』(小学館)は、これまでとはガラリと論調を変えた。「絶対ウケる! さすが六年生の組体操」(2006年)、「心を一つに!感動の組体操」(2009年)などの全面的な推奨から、今年の5月号ではついに「組体操はやめるべきか? ケガを抑止するために 組体操から考える体育科の安全指導」とあるように、安全指導を厳しく訴える特集を設けた。

指導書や参考書のレベルでは、もう諸手を挙げて組体操を賞賛することはできなくなった。

■巨大化・高層化の見直し始まる

具体的な対応をみせた教育委員会もある。愛知県の長久手市では、3月の定例教育委員会で画期的な方針が確認された。

現在、組み体操の人間ピラミッドの高層化が問題となっています。従来、人間ピラミッドは並列で実施していましたが、徐々に段が増えていき、市内の小学校では7段で実施していました。7段まで上層階ができるようになると、列も3列に増え、中の列にいる子ども達は前後に逃げることが出来ない状況となります。また、下段の子ども達にはかなりの重量がかかっていることになります。こうした現状について、西小学校から問題提起がありました。そして、人間ピラミッドの高層化は行わず、4段までにするという方針になりました。

出典:愛知県長久手市 平成27年3月定例教育委員会 会議録

ここでは、具体的な数値として人間ピラミッドの高さを4段にまで制限することが報告された。そしてさらに、次のような言葉が添えられた。

人間ピラミッドの高層化は行わず、高さは学校の判断で決定するということになりました。見栄えよりも安全性を考慮していきたいと考えています。運動会が保護者や先生のためのイベントになっている側面があるとの指摘もあり、検討していきたいと考えています。

出典:愛知県長久手市 平成27年3月定例教育委員会 会議録

子どもは、教師や保護者の駒ではない。子どもの心身の発達を軸に据えたときに、体育の授業ではどのような取り組みが適切なのか。「見栄えよりも安全性を考慮していきたい」という教育のプロとしての宣言が、組体操ブームのなかで発せられたことの意味は、とても大きい。

■学校のリスク・マネジメントが問われる

現実には、長久手市のような自治体は少数派であると推察される。概して、まるでリスクの議論などなかったかのように、多くの教育現場が、組体操ブームを再び活性化させようとしているようにさえ見える。

私は、今年5月の運動会は、教育のプロである学校のリスク・マネジメント能力が、問われる機会だと思っている。

この一年で、巨大組体操の諸々のリスクが明らかになった。もう、「知らない」とは言えないはずだ。

【注】

▽組体操リスク(1) 【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい。子どものためにも,そして先生のためにも。

▽組体操リスク(2) 組体操が「危険」な理由―大人でも許されない高所の無防備作業

▽組体操リスク(3) 組体操 高さ7m、1人の生徒に200kg超の負荷 10段・11段…それでも巨大化

▽組体操リスク(4) 四人同時骨折 それでも続く大ピラミッド 巨大化ストップの決断を

▽組体操リスク(5) 組体操、正反対の「安全」指導 「安全な方法」がじつは「危険な方法」?!

内田良

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・准教授

学校での各種事故や問題(スポーツ事故、組体操事故、転落事故、「体罰」、「2分の1成人式」、教員の部活動負担など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。個別事案や学校現場との接点も多く、また啓発活動として教員研修等の場で各種問題の実態と防止策に関する情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。教育社会学会理事,子ども安全学会理事。著書に『柔道事故』(河出書房新社)、『「児童虐待」へのまなざし』(世界思想社、日本教育社会学会奨励賞受賞)。■講演・原稿依頼,お問い合わせはこちら:dada(at)dadala.net

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