田原総一朗の政財界「ここだけの話」

批判ばかりで対案を出せない「戦後リベラル」の限界

  • 2015.04.22
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 終戦から現在に至るまで「戦後リベラル」はポピュリズムと温情主義に陥り、日本の社会を変えられなかったのはなぜか――。そんなテーマで書かれ、朝日新聞批判がひとつの柱になっているのが経済学者・池田信夫さんの著書『戦後リベラルの終焉』(PHP新書)である。

丸山眞男が名付けた「悔恨共同体」

 リベラルとは本来、自由主義(リベラリズム)をいう言葉だが、米国では「大きな政府」を志向する人々をさす。それが日本では中道左派の人たちが左翼という言葉を嫌ってリベラルと自称するようになったといい、池田さんはそうした日本的な左翼を「戦後リベラル」と呼ぶ。

 「戦後リベラル」の基本は、反戦・平和を至上目的とし、戦争について考えないことが平和を守ることというものだ。そして、憲法改正反対、反原発、米軍普天間基地の辺野古移設反対、集団的自衛権行使反対、特定秘密保護法反対を唱える。「リベラル」のメディアといえば、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞ということになるだろう。

 戦後、政治学者の丸山眞男さんに代表される「進歩的文化人」と呼ばれる人たちがいた。彼らは戦後日本の論調の主流であった。その丸山眞男さんが「悔恨共同体」という興味深いことを述べている。実は私などは、「悔恨共同体」から脱却できないことが、自分で気づかない私自身の限界かと思うこともある。

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