たすけてくれ

毎日をどうしていいかわからない。

あまりにも鬱系コンテンツが売れすぎる

 
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 星座占いや血液型占いなんかを覗き見ると、そこに書かれた内容に自分の人間性をなんとか当てはめねばという強迫観念に駆られてしまう。

 これはいわゆるバーナム効果というやつなんだろうけれど、その程度の啓示で自分がどんな人間であるか見失ってしまうほどに己が何者か全く理解しないまま毎日を暮らしている。

 だが一点、根が暗いということ、これのみ、これのみは強く確信している。

 初めまして根暗です。よろしくお願いします。

 

 義務教育9年間、前後の園児生活・高校生活でことごとく人間関係をしくじり倒したせいか、人間性がぐにゃりと行ってしまい、目は落ちくぼみ、口の端を歪めることでしか笑顔が作れず、FXで全財産を溶かしたニコ生主の動画でしか心の安寧を得られない身体となってしまった。

 そんな日陰者としての自意識か、はたまた日向を行く同級生たちへの後ろめたさか、手が伸びる娯楽もなんとなく陰気な方へ陰気な方へ…と無意識のうちに流れていった。

「エルレなんて僕みたいな奴が聴いていていいわけがない…僕はバンプで十分っすよ…」

「カブト版は青木くん持ってるしロクショウでいいか…」

「ドラグーンなんて僕が使っていいわけないよな…左回転だし…僕なんかにはシーボーグがお似合いですよ…」

「ピーコよりおすぎっすよ…」

こんな具合だ。今でも後遺症に苦しんでいる。阿部共実とか大好きです。

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大好きが虫はタダシくんの―阿部共実作品集 (少年チャンピオン・コミックス)

大好きが虫はタダシくんの―阿部共実作品集 (少年チャンピオン・コミックス)

 

  そんな風に自然と暗がりを目指してズンズン歩んできた身としては「アイアム異端、クレイジーで個性的なマイセルフ」といった自意識が少なからずあったわけだが、ふと先ほど今まで考えもしなかったことが頭をよぎったので文字にしておこう、というのが今日の記事。

 根暗カルチャーってもう全然マイノリティじゃなくないですか?

 

 
 
 
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みんな大好き鬱コンテンツ

  僕がそうであるだけで、他のみなさんは全くそんな事はないのかもしれないが、先ほども述べたようにネガティブな内容をウリにしたコンテンツを好む人は、自分の趣向に対してすくなからず少数派意識を持っていると思われる。

「こんな鬱屈とした漫画読んでる俺カッケー」

とまでは言わないにしろ、ひなたに対する後ろめたさのような気持ちで触れ合っているんじゃないか。

 しかしそんな鬱カルチャー&コンシューマーだが、ちょっと探せば岩下の虫達のようにワサワサ見つかる。え、なに。みんな好きだったの…?早く言ってくれよ…

 

 例えばだが、史群アル仙氏の漫画なんかは1万リツイートを越えたりするほどの好評っぷり。ツイート元で1万いくってことは何百万人にリーチしているということだ。

 (難解ですね)

 

 モノによって多少異なるが鬱文化は、自分を重ねることで悲劇のヒロイン欲求が慰められたり、束の間の感傷に浸ったりすることができる。それだけに終始するとは言わないがこれがウリの一つとなっているのは間違いない。

 冒頭のバーナム効果に話がやや巻き戻るが、「明るい」「暗い」なんていう風に一つの面だけで個人を捉えることは不可能で、丸坊主で日夜棒振り回してる野球部員にだって自らの暗い一面というやつを肯定したい欲求に駆られる夜もあろうて。普通の人(ナオトインティライミとか以外の人)ならだれでも暗い面の一つや二つ持ち合わせてるでしょう。

 きっと20年前や、それよりもっと前も、みなそういう物に傾倒する才能(?)を持ち合わせていたんだろうけれど、露出の機会の少なさから気合いの入った根暗にしかリーチせずサブカルチャーとして鳴りを潜めていたんじゃないかな。インターネットすごい。

 

 こうしてサブカルが大衆に広まったことで、各カルチャー原住民の新参者へのアレルギー反応が過激な選民思想へと繋がってゆき、サブカル同士の自己基盤を賭けた血を血で洗う選民抗争へと発展するんだろうけれど、それ自体もまた面白コンテンツなのかもしれない。

 こんな風に他人様を差別しちゃいけないよ。

 

 

 

夢から覚めたあの子とはきっと上手く喋れない (モーニング KC)

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