「日本にはインターネット利用産業しかない」 鈴木幸一IIJ会長
2015年04月03日
日本で初めてインターネットの商用接続サービスを提供した「インターネットイニシィアティブ」(IIJ)の創業者で会長兼CEO(最高経営責任者)の鈴木幸一さん(68)が、新刊「日本インターネット書紀」(講談社刊)を出版した。副題の「この国のインターネットは、解体寸前のビルに間借りした小さな会社からはじまった」のとおり、1990年代の創業時の困難と、2003年に経営破綻した通信インフラ会社「クロスウェブコミュニケーションズ」(CWC)の二つの舞台裏を赤裸々に明かしつつ、日本のインターネットの歴史と未来について記されている。書き下ろしの新刊について、鈴木会長に聞いた。【聞き手・小島昇】
−−生い立ちからインターネットとの出会い、IIJ創業とCWC経営破綻と波乱に満ちた人生です。今回、著書としてまとめられたのはなぜですか。
鈴木さん 5年前から「この国のインターネットの歴史をきちんと語ってほしい」と講談社の編集者に言われ続けました。最近、また出張が増えて飛行機に乗っている時間が多くなってきたので、機内で書けるかなと。記憶が薄れて昔話が思い出話になると、苦しかったことが楽しいことになってしまう。そうなる前に書こうと思いました。
−−1992年に会社を設立したものの、郵政省(現・総務省)から1年以上も通信事業者の許可が得られず、94年までサービス提供できなかった焦燥感の描写がとてもリアルです。「そんなに大変だったのか」と実感させられました。
鈴木さん 本には書きませんでしたが、郵政省だけでなく科学技術庁(現・文部科学省)も事業化に反対でした。日本でインターネットは学術ネットワークとして使われ始めたので、(商用化で)メシの種にするのはよくないと。米国が作ったプロトコル(通信規格)を使うのかとも言われました。
◇ヤフーやネットスケープに追いつけると思っていた
−−「直射日光を遮るブラインドが買えず、雨傘でサーバーを守った」や、鉄鋼会社部長に「インターネットを事業に使うようになったら銀座通りを逆立ちで裸で歩く」と言われたなど、逸話がたくさん出てきます。
鈴木さん 書いているうちに書いてしまったという感じです。エピソードとしてわかりやすいですよね。本当はもっとあるんですけど。世の中がインターネットに関心を持てなかった時代に事業を始めてしまったんですね。
ほとんどの人が、だれが管理しているか分からないオープンな通信の仕組みでは怖くてビジネスに使えないと思っていたし、当時としてそれは正しいです。そんなアナーキーなものは使えるわけないと。だれが最終的に管理・監督するのか。インターネットは永久にビジネスには使えないと言われました。
日記もメモも全くなくて、飛行機に乗って記憶が湧いてくるままに書きました。社員に給料を払えず、毎日金策した経験なんて人生でそうないでしょう。鮮明な記憶が沈殿していて、書き始めたらどんどん出てきた。それくらい悔しかった(笑い)。
−−接続サービスができなかった1年3カ月間に多くのチャンスを逃したと書かれています。
鈴木さん あの期間(の遅れ)はIIJがグローバルになるには致命的でした。検索エンジンのヤフーや、ブラウザー(閲覧ソフト)のネットスケープなんて大したことはないし、後からいくらでもできると思っていました。でもヤフーにしろネットスケープにしろ、一度スタンダードになると逆立ちしても追いつけない。本当の意味でグローバルスタンダードが分かっていませんでした。
技術的にできることと、世界中の人たちが使うプラットフォーム(基盤)になることは違うと後から実感しました。そもそも技術的に追いつけたって、ビジネスモデルを思いついていないのだから無理だったでしょうけどね。
(94年3月に)接続サービスを始めたら、とにかくやることが多過ぎた。IIJの支店を各地につくる全国展開に追われ、その合間に海外出張。新しい技術にキャッチアップするためです。東京の会社にいたのは1年で100日ぐらいでした。
◇クロスウェブの破綻は今でも釈然としない
−−市場参入してきたライバルのネット接続業者にIIJが技術提供までして、インターネットは日本に普及していきます。その一方で、新設した通信インフラ会社のCWCは経営破綻しました。今回、著書で初めて明かしたことも多いのでは。
鈴木さん 会社更生法を申請した2003年8月20日はまだ覚えています。IIJの設立時より、CWCの方がふつふつと沸いてくる記憶が多かった。本当に残念でした。CWCの挫折は、IIJを始めた時の苦しさ以上に私の中で釈然としません。「なんで失敗してしまったんだろう」という思いが強くあります。
CWCは電話のネットワークでインターネットをするのではなく、インターネット専用の通信インフラをつくって提供する会社でした。電話とインターネットでは技術基盤が違うし、IIJの方がNTTよりインターネットの技術があった。NTTと互角の競争ができると本当に思っていました。
この構想に、なぜかトヨタ自動車さんが賛同してくれた。当時トヨタは通信事業者のテレウェイ(日本高速通信、のちにKDDと合併)に出資していて、「それ、おもしろいかもしれない。俺たち(通信の)プロじゃないし」とも言ってくれました。電話サービスをやめてインターネット専用のインフラをつくれば、伝送路の監視もいらないので運用コストがかからず、安くサービス提供できる。電力各社も通信事業に参入していて、トヨタだけでなく電力系通信会社と組むことも考えました。
でも、(NTT社長だった)宮津純一郎さんに「(通信が)アルバイトの人たちと組んだってうまくいくわけないじゃないか」と言われたのですが、それが現実になります。「俺たちは通信で食っているが、車や電気の人たちは本業が違う。少々損はしても、リスクがかかる投資はしないよ」と。全くその通りでした。
今、ビッグデータとかクラウドコンピューティングなんて言われていますけど、90年代からそれに一番早く取り組んでいたんです。グーグルよりはるかに早かったから、グーグルぐらいになれた(笑い)。CWCをつくったのは98年ですから。それなのにCWCが横浜市につくった日本で一番いいデータセンターは(CWCの事業を引き継いだ)NTTコミュニケーションズに渡っている。本当になんだったろうと思います。投資家にも大変迷惑をかけたが、あの事業はもう少しうまくやれたという悔しさが残っています。
◇ITをやさしく語るのは得意 講演会で鍛えた
−−IT分野に詳しくない読者にも分かるよう、技術の説明も平易に書かれています。何か心がけたことがありますか。
鈴木さん 頼まれて平均年齢60歳で満員の会場でインターネットの講演をしてきたので鍛えられました。難しく話すと寝てしまいますから。
インターネットは電車の無賃乗車みたいなものだと言うわけです。入場券200円で駅に入って新幹線にゴルフバッグだけ載せて送ったら、200円でゴルフバッグを大阪まで送れる。それで(インターネットの原理である)パケット通信の仕組みを説明すると結構受けた。そんな話を覚えています。出資をお願いする企業の役員や社長さん向けの文書もたくさん書きました。もし保存していたら、インターネットのいい入門書になったでしょう(笑い)。
◇インターネットは生活サイクルを壊している
−−第5章「インターネットの世紀」では、ネットの普及で噴出してきた最近の諸問題を取り扱っています。
鈴木さん 今は、ネットの普及が生活を破壊しているとさえ思っています。朝、何かニュースをネットで読んで、夜帰ってもまたニュースを読んでいる。夜ふと目覚めてスマートフォンでメールを見るなんて最低ですよね。昔、夜中に電話するのは親が死んだときぐらいでした。区切りがない。
インターネットは人間のあたりまえの生活サイクルを壊している。そこまで書きたかった。でも突き詰めると「なんで私はインターネットをやっているの」ということにもなる。IIJをやめる時、そういうことを書くかもしれないです(笑い)。
−−インターネットが生まれた米国と日本の違いを、国家戦略から経済、文化に至るまで幅広く論じて、「日本にはIT産業はなく、IT利用産業のみが存在する」「20年以上かかわってきた私の危機感である」と書かれました。
鈴木さん インターネットは米国防総省が開発費用を出した側面と、担ってきたのは反戦で徴兵を逃れ、情報の受発信の構造を変えて世の中をよくしたいと考えた若者のカウンターカルチャーの側面があります。妄想かもしれないけれど。そうした相反する中で育ったインターネットが国の政策としてすくい取られ、世界の通信インフラの技術基盤を米国が全部つくってしまった。
一方、日本のインターネットは軽くて、そんなことを思っている人はいません。アプリオリ(先天的)にネットがあり、(スマートフォンの)アイフォーンがあって、それでビジネスをしてもうければいいという感じです。
根っこのところでインターネットのカルチャーを(日本は)経験していません。善しあしは別にして(告発サイトの)ウィキリークスはインターネットの精神だし、(ソーシャル・ネットワーキング・サービスの)フェイスブックだって、世界中を同じ情報基盤でコミュニケーションするというコンセプシャル(理念)なものでしょう。日本では、現実にあるビジネスをネット上に置き換えたものしかない。IT利用ビジネスも悪くはないけれど、日本にはそれしかないのが寂しいです。
カウンターカルチャーのような視点が全くないのが日本のインターネットです。「情報の共有」とか「情報の受発信の構造を変える」とか、「少なくとも世の中が悪い方向にいかない歯止めになるんじゃないか」とかいうのが私たちの世代の出発点にはありました。
−−この本をどんな方に読んでほしいですか。いわゆるビジネス本ではくくり切れない内容です。
鈴木さん 通信業界と関係なく、普通のビジネスパーソンや学生、おじいちゃんに読んでほしい。日本というものを知るためにも。インターネットのような新しい物が出てきた時に、どう向き合うのかということです。たくさん挿話を入れてドキュメント風にしたので、書店では一般書に入れてほしいのですが。文芸書までいかないけれど。書名には、神話の「古事記」ではなく歴史書の「日本書紀」になぞらえたという意味が込められています。