岡本太郎の「自分の運命に盾を突け」を読了。
いやー刺激的でした。特に気に入った部分を抜粋します。
岡本太郎の文章は何度読んでも、みるみる魂が躍動してきますね。
自分対自分で対話する
もちろん欠点のない人間はいないし、それが気にならない人もいない。だがあまりそれにこだわるのはよくないね。
表面ではニコニコ楽しそうな笑顔をつくっているけれど、心のなかは悩みや苦しみでいっぱいという者もいる。でも、悩んでばかりいたら、いつまでたっても悩みの泥沼から脱出することはできない。
失敗をしでかしたら、「あ、またやってしまった」と思えばいい。どうして自分はこうなんだろうと悩まずに、またやってしまったけど、よし、今度はもっとうまくやろうと前向きに考える。
とかく人は失敗すると自分自身のいたらなさを責めてしまうけど、くよくよしていてもしょうがない。自分を責めて、その責めた分の二倍の力で脱出しようと試みるならまだいいけども、責めっぱなしじゃ闘いにならないだろ?
無目的に新しく世界を見直す
だいたい若者に限らず一般に、なにかをやって失敗すると、その失敗したことにこだわってくよくよと悩んだり考えこんだりするものだ。
そんなことはいっさい気にしちゃダメなんだよ。
悩んだり考え込んだりする時間があったら、もう一度、失敗したことをまったく新しい気持ちでやってみるんだ。
そうすれば今度は新しい状況がひらけるだろう。
つまり時間と空間の問題なんだ。次の機会におなじことをやって、その前は失敗したけど、今度は成功することだってある。条件というもの、そのときそのときで変化するんだからね。
失敗したからといって、自分からオリてしまうと、もう成功するチャンスは生まれない。一度失敗したなら「よしもう一度失敗してやるぞ」というぐらいの意気込みでやることが大切なんだ。
ほんとうの知性はひらける
知性というのはただ学問的だとか、知識のことだけをいうんじゃない。
ほんとうに生きる意味を正しく把握すること、全身、全存在でね。それが知性だ。
型にはまった理論や知識のひけらかしではなくて、むしろ直感的に、自分自身の存在をつかみ、それをつきつめる。
他とのかかわりあいを考える。そうすればキミのぶつける言葉は生きてくる。
キミの目つきや態度から、相手に強烈な印象を与えるだろう。
自分のコンプレックスから相手をやりこめるんじゃ不毛だし、相手に不快感を与えるけど、純粋に自分の直感や生きる意味をつかんで、他人と自分がぶつかりあうことひき離し、ひき離すことでぶつかりあえばいいんだ。
そのときに相手の程度なんて考える必要はない。問題は自分の程度次第。それによって相手の程度も変わってくる。もし相手がバカにするようだったら、相手のほうが程度が低いと考えればいい。とにかく、フェアな態度でぶつかりあえば、お互いに親近感を感じるものだよ。
才能を超えた決意の凄み
自分でやりたいことがあっても、ほとんどの人はできないでいる。
それどころか、自分からやらないようにしてしまっている。
できないんじゃない。自分でやらないと決めているんだ。
自分には才能がない、自分は能力がないからと。
能力があるかないかなんて、だれにもわからない。自分を賭けることで力が出てくるのであって、能力の限界を考えていたらなにもできやしないよ。
むしろ能力のないほうが素晴らしいんだ、と平気で闘えば、逆に能力がひらいてくる。
自分に能力がないと思うことは、素晴らしいことなんだ。
いや〜岡本太郎の本はシビれますよね。
ぼくは岡本太郎の本を10年以上継続して読んでるんですが、下記のような状態の時に読みます。
- 頭で考えすぎている
- 周囲のイメージにこだわりすぎている
- 現実から目を背けている
- 失敗にビビっている
- 他人と比較しすぎている
- ダメな所は良くないと捉えてしまう
- コンプレックスが良くないと捉えてしまう
- 自分に才能や能力が無いと考えてしまう
こういった悩みが全て岡本太郎の本を読むと嘘のように洗われるんですよ。
これらの感情って一回解決すればもう大丈夫!ではなくて、何度も繰り返しかかってくるモノなんです。
ですから岡本太郎の本は、ぼくも何度も繰り返す読んじゃいますね。
上記のような感情になってしまう人には岡本太郎の本は特にオススメです。
岡本太郎の本は難しい漢字が全然使われておりません。
どなたでも読めますし、どのページから開いても分かる内容になっています。
一冊押さえておくといいですよ。
名著です。
ワッショイ!