マイナビ社のこと
マイナビ社については今まであまり話に出てきていませんでしたが、電王戦絡みで、そう多くはないものの多少の接触はあり ました。それを通して、実は裁判以前から、連盟のように他人を中傷したりするのとはちょっと違うのですが、別の意味でやはり信頼できない相手というイメー ジがあり、それが今回のマイナビとの折衝でも影響しています。ですので、裁判自体の話とはややそれるのですが、今回はそうした裁判以前のマイナビとのやり とりについて書きます。
私は2010年のコンピュータ将棋選手権から決勝進出していますが、マイナビ(というか将棋世界)は決勝にはいつも取材に来ています。その関係で選手権会場でインタビュー等を受けたことはありました。ただ、短いインタビューが中心で、私に関してある程度の長い記事を書く話は13年の第2回電王戦までありませんでした。当然、マイナビともつきあいというほどのものはありませんでした。
13年2月に、将棋世界編集部のW氏からメールが来ました。私はW氏とは面識もなくまったく知りません。メアド教えた覚えはないのですが、まあ連盟から聞くとかしたのでしょう。「将棋世界4月号(3/2発売)で電王戦の特集を予定している。各出場者の紹介をしたいので、次の項目を書いて送ってほしい」とあり、質問項目として
・プログラム名の由来
・当日使用するパソコンのスペック、環境
・プログラムの特徴、強み、他との違い
等9項目ほどが並んでいました。
私はこれを見て、「これじゃあ協力できないな」と思いました。私は第1回電王戦のときから新聞・雑誌・TV等いろいろなメディアにインタビューされ、たくさん記事を書かれましたが、こちらのしゃべったこと、意図したことを歪めて伝えられ、結果的に誤解されることになった例が何度かありました。そうした経験を通じて、この頃には、インタビュー等の依頼が来ても、どのくらいのスペースでどういう趣旨でどういう記事を書くのか、記事を書く体制はどうなっているか、掲載前にこちらがチェックできるか、等を確認してから受けるか否かを決めることにしていました。
上記のような質問の回答を箇条書きで並べても、こちらの意図は伝えられないし、そもそもこれを載せて何の意味があるのかも疑問でした。一人一人にインタビューして記事を書くというならまだしも、こうやってメールで質問送って、回答集めて、それをただ並べて、それで有意義な雑誌記事になると考えているのでしょうか?これで記事になるのなら、雑誌記者というのはなんとも楽な商売です。それで、この依頼は受けないことにしました。時間があればお断り回答メールくらいは送ってもよかったのですが、この時はいろいろ忙しかったこともあり、返事も出しませんでした。そもそもこうやって見知らぬ相手にメールを送って依頼する行為自体スパムの一種ですので、こちらに回答する義務はないと思っています。
で、ほっておいてしばらくしたところ、コンピュータ将棋協会の人からメールが来ました。マイナビのW氏からコンタクトされた、伊藤さんにメール送ったのだが返事がない、届いてるか確認してくれないかと言ってた、とのこと。「なんなんだ、この人は…」と私は頭が痛くなりました。どうして自分が返信されて当然と思ってるのだろう?そう思いましたが、そのコンピュータ将棋協会の人にこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないので、W氏に返信を書きました。「あのように項目だけ並べても意味ある記事になるとは思えない。きちんとインタビューするか、あるいは枠だけもらってこちらが書くなら考える」と送ると、「枠はもう決まっているので広げられない」と言われ、「じゃあ無理です」とお断りしました。
こうして13年4月号には、5人の棋士と開発者4チームの談話は載りましたが、私だけ載りませんでした。この理由に関する憶測をネットのどこかで見たような記憶もありますが、背景はこういうことでした。
このときは、W氏には多少イラッとくらいは正直しましたが、まあそう大した話でもなく、すぐ忘れる程度のことでした。このときはまだ、別にマイナビに対して怒ったり呆れたりというほどのことはありませんでした。
で、第2回電王戦が終わって、13年5月。今度はマイナビ出版事業本部のS氏からメールが来ました。「今度第2回電王戦の本を出そうと思っている。Puella αのことも載せたい。プログラムのことを聞いたり、対局のログを見て指し手の解説をお願いしたい。謝礼は少ないがよろしく」というものでした。
これを読んだ私の最初の反応は「情報が少なくて答えられない」でした。話をするだけならそう大したことはありませんが、ログの解析となると、どこまで要求されるかによってかかる工数がかなり変わってきます。次の1手だけならばまだしも、読み筋はどうだ、◯手めで読み筋でなくこう指したらどうなるのか、等々、やりだすとキリがありません。
12年1月の対米長戦のとき、NHKがクローズアップ現代で取り上げるというので取材に来ました。このときはまだ会社ぐるみでやっていた時で、会社としてはTVに出れば宣伝になるというので「できるかぎり協力するように」と言われてました。で、この局面ではどう考えていたのか、こっちの手は考えなかったのか、等々、何度も聞かれました。ソフトによってはログの解析ツールみたいなのを作っているチームもありますが、私はそこまでやってませんで、エディタを開いていちいち手で調べます。これで何時間も取られました。おかげさまでNHKに出た効果は大きくて、会社の広報部は非常に満足していましたが、こっちとしてはかなり大変な思いをした、という経験があったわけです。
ログの解析は、こちらの仕事であるプログラムの領分です。話をするだけならともかく、プロの領分の仕事は安請け合いするわけにはいきません。そんなことをしたら私だけでなく、業界全体・同業者全体に迷惑がかかります。
そこで返信は次のようにしました:「もっと条件を詳細に決めないと答えようがありません。話すのは何を話せばいいんですか。プログラムに関する作業は、具体的に何と何ですか。謝礼は、少ないって具体的にいくらですか。それらをまず明確にして下さい」
これに対してまた返信が来て、質問項目はこれこれくらいで、ログを見るのはこんな感じで、謝礼は一、二万円くらい、と言ってきました。まあ質問項目やログの作業はこの後またやりとりして詰めていくのはある程度しかたないですが、またちょっとイラッと来たのが「一、二万円」です。一、二万円っていくらですか。一万円なんですか、二万円なんですか。シュレーディンガーのお札なんですか。あなたコンビニで弁当買って、レジで「四、五百円です」って言われたらいくら払うんですか。
なんではっきり決めないのだろう?私は会社でマーケティングをやってまして、顧客との契約を結ぶことがたびたびありました。当然ですが、価格を決め、支払い日を決める。提供物リストと、そのそれぞれの提供期日を決める。条件を明確化するのは、ビジネスなら当たり前のことです。その当たり前のことがなんでこの人たちはできないのか?
そこで、「繰り返しますが、条件がはっきりしないと答えようがありません。はっきりしてからまたご連絡ください」と返したところ、「では謝礼は2万円でお願いします」と来ました。これ、私が確認しなかったらどうなっていたのでしょう?「1、2万円と言ってたので、1万円で」となるんでしょうかね?私はこういう欺瞞は大嫌いなのです。憎んでいると言ってもよい。
まあとにかくも回答は来たので、これに対して「2万円では依頼全てはできません。これこれここまでになります。それでいいですか」と送ると「それでいいです」と言ってきました。これで謝礼金額と作業内容が決まり、こちらの締め切りも5月末と決めて、やれやれこれで確定か、と思いました。が、まだ続きがありました。
「支払い期日はいつになりますか」と軽い気持ちで聞いたところ、「書籍発売月の翌々月の15日払いになります。現状7月発売予定ですので、そうすると9月15日になります」とのこと。え?え?と思い、「出るのが遅れるとどうなるのでしょう。もし出版が中止になったらどうなるのでしょう」と聞き返すと、「そのぶん支払いも遅れます。もし中止になるとお支払いできなくなりますが、まず大丈夫ですのでご安心ください」と来ました。これに私は驚きのあまり完全に固まってしまいました。
……これ、法律違反じゃね?
下請代金支払遅延等防止法、通称下請法という法律をご存知でしょうか。文字通り、一定規模以上の会社(資本金額によって決まっている)が下請へ代金を支払う期限を定めた法律です。条文は上記リンクを参照ください。今回の場合、会社規模も当てはまるし、提供物は二条6項でいう「情報成果物」に該当すると考えられます。この法律で、成果物提供から60日以内に代価を支払うことが定められています。
私がこの法律のことを知っていたのは、会社の仕事で何かを外注に出す際、購買部から厳しくせっつかれるからです。私の勤務先もまあ大企業ですので、何か外注すると多くの場合この法律にひっかかります。会社で何かを買うとき、支払いは必ず購買部という部門を通して行います。成果物を発注先から受け取ると、こちら(事業部)がその成果物が問題ないことを確認し(これを「検収」と言います)、購買部に検収済のハンコを押した書類を提出し、それを確認した後で購買部が外注先に支払いを行います。ところが事業部の担当者の方は、元々成果物が必要だから購買依頼を出すわけで、成果物が届くと、えてして目的を果たした気分になってしまい、検収のことを忘れることもけっこうあります。そうすると購買部から「早く検収してください!下請法にひっかかりますよ!」と怒られるわけです。
ある程度の規模の会社で物を買ったりサービスを外注したりしたことのある人はたぶん大体この法律を知ってるんじゃないかと思います。そうでない普通の人は知らない人も多いかもしれません。マイナビは大企業ですし、出版部ならばライターは多くの場合外部の人、それも個人が多いでしょう。それならば知らないのは明らかにおかしいです。
さて今回のケース、これはどう考えても違反しそうです。というかそもそも、法律がどうこう以前に、何かの仕事を依頼した場合、その成果物を使おうが使うまいが、仕事に対して対価を払うのは常識です。その成果物が「自分の役に立ったら」、その時だけ支払う、などという都合のいい主張が許されるはずがありません。八百屋でツケで食材を買った、料理したら焦がしてダメにしてしまった、だから払わない。これ、通りますか?という話です。
それで、「下請法ってご存知ないですか?その条件は法律違反ですよね。法律違反に加担することはできません」と回答しました。まあ違反と言ってもこちらは被害者に当りますので、こちらが罰せられることはないだろうとは思いますが、そうは言っても違反と知りつつ協力するわけにはいきません。
するとむこうは「それは知りませんでした。法務・経理と協議が必要ですが、時間もないので今回は伊藤さんに執筆してもらうのは諦めることにします」となりました。これが6月初め。ここまでのやりとりで約一か月かかっており、時間がなくなってきていたのは確かです。なおこのやりとりは全て、私が内舘記事を見る前に行なわれており、記事が影響したわけではないです。
こうして、13年7月に出たマイナビの電王戦本には、棋士5人と開発者4チームが載る中、私だけは何も情報がない形で出版されることになりました。
マイナビのS氏が、本当に知らなかったのか、知ってるが白ばっくれていたのか、はこちらにはわかりません。ただ、白ばっくれていたなら論外だし、知らなかったというならマイナビという会社自体のコンプライアンスの姿勢を疑わざるをえません。いずれにせよ法律関係なく、「成果物もらったけど払わない」という姿勢は全く話になりません。
この1件以来、私の中ではマイナビという会社の評価は最低レベルになりました。記事の作り方がいいかげん、金銭の支払いルールがでたらめ、コンプライアンスがなってない。後二者は故意なのか無知なのかは断定できないにせよ、間抜けか悪質かのいずれかで、いずれにせよ信用できない、とてもいっしょに仕事をすることはできない、という位置づけです。
上記のやりとりの直後に内舘記事を見て、示談交渉が始まったわけですが、私は「どうせこの会社はロクな対応しないんだろうな」という先入観を持って進めることになったのでした。
将棋ファンにとってはマイナビといえば、最近のponanza商品化の話が記憶に新しいでしょう。鳴り物入りでソフトを発売しましたが、不具合続出で、商品回収に追い込まれました。思考エンジン自体は優秀なはずですが、UI部分を作った(外注に作らせた?)マイナビのお粗末さが如実に現れた事件でした。内実はわかりませんが、上に書いた私の体験からして、工程管理とか品質管理とかめちゃくちゃだったのだろうと想像します。マイナビが商品化するという話を聞いたとき「え?あそこにまともなもの作れるのかな…」とちらっと思ったのですが、想定を上回るずさんさでした。
示談交渉から裁判を通じて、マイナビは、連盟のようにこちらを中傷したりはしませんでしたが、かといって和解で強制された以外は謝罪の姿勢を見せませんでした。反省の様子は見られず、強制されたことだけ仕方なくやる、という感じでした。
連盟とマイナビ、せめてどちらか一方でもまともな団体だったら、今回の裁判はここまでこじれることもなかったろうと思うのですが、こうも揃いも揃っていたとは… 私としては我が身の不運を嘆くばかりです。
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