感染症は国境を越えて

マンションの一室で、伯父が独り亡くなっているのが見つかりました。近年、誰にも看取られずに死亡する人は、全国で3万人と言われますが、これだけ身近でもあると、しみじみ・・・「そういう時代なんだなぁ」と感じてしまいます。

全国紙の外信部でアジア中心に活躍し、定年後は国際系の大学教授を務めましたが、お世辞にも人づきあいが上手いとは言えない人でした。私にとっては、最初に取材と文章の書き方を教えてくれた人です。中学3年生のとき、ある歴史についての考察を一本の論文に仕上げるまで丁寧に指導してくれたのが、いまの私に引き継がれています。書き続けることの大切さも教えてくれました。

でもまあ、彼が次世代に伝えようとしていたのは、その失敗まみれの生き方だったのかもしれません。予定調和的な生き方がまん延する日本社会にあって、彼の生き方は珍妙なようでいて、人の目を惹きつけるものがありました。

通夜の席で、伯父の孤独死を残念に思うとの言葉がありましたが、そうでもないと私は思いました。憔悴も衰弱もしていない死に顔が物語っていたからです。その顔を眺めながら、私は、ある患者さんのことを思い出していました。

10年ぐらい前のことです。外来で担当していた80代の男性は、早くに妻に先立たれ、長らく独居の方でした。「最近どうですか?」と聞いても、戦争の話ばかり。認知症が徐々に進んでいて、だんだん薬の管理も難しくなっていました。遠方に住む息子たちは、早く施設に入れてくれと私に電話をかけてきます。

外来を受診されるたびに入所を持ちかけましたが、本人は強く自宅での生活を望んでいました。「ずっと独りで生きてきたし、死ぬときも独りでいいよ」と・・・。あと、彼には数年にわたるシベリア抑留の経験があるため、施設入所(収容)に対する強い不安があることも私には分かっていました。

ただ、服薬ミスにより心不全の急性増悪で入院するに至って、ここぞと息子たちが施設入りの大合唱。私も口裏を合せざるをえませんでした。ついに、本人も「これ以上の迷惑をかけないために」と施設に入所することに同意したのでした。

入所後、最初の外来でお会いしたとき、彼はカラ元気で私を安心させようと、笑顔でこう言いました。「先生! ビンタ覚悟で施設に入ったが、優しいオナゴがいっぱいじゃあ」 しかし、目は笑っていませんでした。

数か月もしないうちに、彼は寝たきりとなってしまいました。明らかに、生きる意欲を見失っていたのです。やがて通院すら困難となり、施設の嘱託医に引き継がざるをえなくなりました。

一度だけ、見舞いに行ったことがあります。ただ、それは5年目の医者にとって、あまりに悲惨な経験となりました。彼はすがるように私の袖をつかみ、「先生、先生! 国に帰してくれ。俺を国に帰してくれ。たのむ・・・」と懇願しつづけたのです。せん妄状態のなか、あのラーゲリ(強制収容所)に彼は引き戻されていました。

残念ながら、私は経験不足でした。すでに歩くことすらできなくなった彼をどうすればよいか分からず、ただ私も途方に暮れ、そして見舞いに行くことすらできなくなってしまったのです(逃げました)。そして、数か月後に彼は亡くなりました。施設への入所後、一度も家に帰ることはありませんでした。

もちろん、居宅がそうであるように、施設の数だけ相性というものはあります。施設入所という選択肢そのものが間違っていたかは明らかではありません。ただ、亡くなったとの知らせを受けて、ようやく私は彼のもとを訪れ、そして死に顔をみて衝撃を受けました。憔悴しきったその顔は、シベリアを生き抜いた男に私が何をしたのかを明白に物語っていたからです。

その点・・・

伯父の死に顔は、穏やかで引き締まっていました。孤独であったかもしれませんが、彼は自分の生き方を貫けて幸せだったろうと思います。そう考えることが遺族にとって救いでもあるのですが・・・、逆説的なことを言うと、そう考えることで伯父が幸せになれるとも思えるのです。

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高山義浩 (たかやま・よしひろ)

1970年、福岡県生まれ。地域医療から国際保健、臨床から行政まで幅広いフィールドで活動。臨床では、国立病院九州医療センター、九州大学病院、JA長野厚生連佐久総合病院を経て、沖縄県立中部病院において感染症診療と院内感染対策に従事。また、在宅緩和ケアにも取り組んできた。行政では、2009年の新型インフルエンザ流行時に、厚生労働省においてパンデミック医療体制の構築に取り組んだほか、2014年からは2025年問題に対応する地域医療構想(ビジョン)の策定支援に従事している(現職)。単著として、『アジアスケッチ ~目撃される文明・宗教・民族』(白馬社)、『ホワイトボックス ~病院医療の現場から』(産経新聞出版)がある。
ツイッターhttp://twitter.com/hiro_icd

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