ADHDの薬、それは治療か商売か
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【2909】初診でADHDと診断され、すぐ薬を出されたのですが、飲む必要があるのでしょうか で私は、
「ADHDの薬物療法としてコンサータは正式に認められている以上、初診から処方するという方針は間違いとは言えない。しかし、(1)ADHDには薬物療法以外の対応法があるのにもかかわらず、初診から処方するのは、薬物療法に偏した診療である (2)【2909】がADHDだとしても、薬物療法が必要なレベルとは思えない (3)そもそもADHDに薬物を処方することにはかなり慎重であるべきである という理由から、賛成できない。これら(1)(2)は医学的に標準的な見解である。(3)は林個人の見解であって、標準的とは言えない」
と回答した。
コンサータは薬の商品名で、一般名はメチルフェニデートである。日本でコンサータが発売されたのは2007年だから、比較的新しい薬といえる。
但し、同じメチルフェニデートで、リタリンという薬があり、こちらは1957年から使われている。そしてリタリンは、依存性、さらには副作用としての幻覚妄想など、いわば悪名高い薬である。依存の実例として精神科Q&Aにも【0680】覚醒剤使用歴あり、現在リタリン乱用中、暴力あり、 【0993】医師である夫がうつ病でリタリン依存です がある。
それもそのはず、メチルフェニデートは薬理学的には覚せい剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)にかなり類似した薬である。リタリンは元々はうつ病にも保険適応のある薬だったが、乱用の問題の顕在化によってうつ病への適応は削除された。(【1289】リタリンがうつ病に使えなくなるのは納得できません、【1364】リタリン報道の加熱と適応除外の動きについて も参照)
コンサータが発売されたのは、リタリンのうつ病適応が削除されたのと同じ、2007年である。
同じメチルフェニデートであっても、リタリンとコンサータは人体への吸収のされ方が異なっている。コンサータのほうがゆっくりなのだ。このため、同じメチルフェニデートであっても、乱用の可能性は低いとされている。「乱用の低いとされている」というのは、「乱用の可能性は無い」というわけではない。可能性は乱用だけではない。メチルフェニデートである以上、幻覚や妄想が出る可能性もある。
ではコンサータを飲むのは危険か?
この問いには意味がないことは、【1440】コンサータは安全な薬ですか に記した通りである。
薬が安全か危険か。その問いには常に意味がない。薬には効果がある。リスクもある。効果がリスクより大きいと判断されれば、飲むべきである。逆にリスクのほうが大きいと判断されれば、飲むべきでない。薬の安全性・危険性とは、常に相対的なものなのである。【0496】7歳の自閉症の息子に薬を飲ませるべきか の回答の通りである。
自閉症でもADHDでもその他の疾患であっても、コンサータやリタリンを飲んだほうがいいか否かは、そのケースの症状と、予想される副作用のバランスで決めるのが唯一の正しい方法である。そして【2909】初診でADHDと診断され、すぐ薬を出されたのですが、飲む必要があるのでしょうか のケースは、とても副作用のリスクを背負ってまでコンサータを飲む必要があるとは思えない。ましてや初診の時点で「せっかく薬があるのだから飲んでみるのも良いと思いますよ」(【2909】の主治医が言ったとされる言葉)という軽い気持ちで飲むような薬ではない。
だが、ADHD(や、それに関連した病態)をコンサータやリタリンで治療することには、副作用よりもっと重大で深刻な問題がある。それは、そもそもADHDは薬で治療すべきなのか。ADHDは「病気」なのか。という問題である。これを厳しく指摘した本がある。いわゆる「反精神医学」論者の本、Critical Psychiatryである。
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Critical Psychiatry
The Politics of Mental Health
Editor: David Ingleby
Penguin Books Ltd, Harmondsworth, Middlesex, England, 1981.
これは1981年発行の本だが、その内容は現代にも通用する点が多々ある。特に、ADHD (この本では多動児 Hyperactiveと記されている。ADHDと多動児は、厳密には同一ではないが、重なる部分は大きい) に対するリタリン処方への批判は、現代におけるコンサータの処方に対して示唆するところが大である。
この本は翻訳が出版されている:
批評的精神医学 —– 反精神医学その後
宮崎隆吉他 訳
悠久書房 東京 1985
以下、原文の引用と、そこに対応する訳本からの引用を並べて示す。リタリンを論じているのは第3章である:
p.102
Chapter 3
On the Medicalization of Deviance and Social Control
Peter Conrad
A man in Baltimore, arrested several times for exhibitionism, goes to a physician for a new drug, Depo-Provera, for treatment of his deviant behavior. A well-known surgeon in a southwestern American city performs a psychosurgical operation on a young man who is prone to violent outbursts. A child in California brought to a pediatric clinic because of his disruptive behavior in school is labeled hyperactive and prescribed Ritalin for his disorder. In and East Coast prison a man is given medication ‘to alleviate his mood disorder’ after a recent altercation with prison authorities. A chronically overweight Chicago housewife receives a surgical by-pass operation as treatment for her problem of obesity. Scientists in a New England medical center work on a million-dollar federal research grant to discover a heroin-blocking agent and ‘cure’ heroin addiction. In all these instances medical solutions are being sought for behavioral problems and social deviance. The medicalization of deviance and attendant medical social control is becoming increasingly prevalent in modern industrial societies.
p.169
第三章
逸脱とその社会コントロールの医学化
バルティモアには、露出症で数回逮捕され、逸脱行動を治療するためにプロベラ・デポという新薬を医者から投与されている男がいる。アメリカ南西部のある町には、発作的に暴力を振るいやすい若者に精神外科手術を施行している高名な外科医がいる。カリフォルニアには、学校でまとまりのない行動をとるという理由で小児科外来に連れて来られ多動児のレッテルを貼られて、その障害の治療としてリタリン(精神神経用剤)を処方されている児童がいる。東海岸の刑務所内には、刑務所当局との口論を起こしたすぐ後に、「情動障害を和らげるため」として投薬されている男がいる。シカゴでは、肥満の主婦が肥満を治療する目的で外科的バイパス手術を受けている。ニューイングランド医療センターには、ヘロイン嗜癖を「治療」しようと、百万ドルの連邦政府調査の補助金を受けながら研究している科学者たちがいる。こういったすべての例からはっきりするのは、問題行動や社会的逸脱を解決するために医学的探究がなされているということである。まず逸脱を医学化して、それから医学的な社会コントロールを行うということが、近代産業社会では次第に一般的になってきている。
いきなり長く引用したが、ここでのキーワードは章題に含まれる三つの言葉、「逸脱 Deviance」「社会コントロール Social control」「医学化 Medicalization」である。行動であれ思想であれ感情であれ、それが標準の範囲におさまらない人々(逸脱 Deviance)を、社会が決めた型にはめるため(社会コントロール Social control) の手段として、そうした人々に病気であるというレッテルを貼っている(医学化 Medicalization) という批判が、反精神医学の基本的考え方である。これがいま引用した3章の冒頭部分に凝縮されている。多動児 Hyperactive、すなわち学校という枠におさまらない子どもに、病気(今でいうADHD)というレッテルを貼り、リタリンを飲ませて医者は商売している。そういう批判がこの章には展開されている。
(続きは後日書きます)